へんなやつ | ナノ

 君の記憶を一番食べていたのはあかなんだ。だからきっとあかは少しだけ君の記憶を知っている。でもまだ、しっかりと伝えられなくて。「しゅーん、しゅん!」ほらね。

 くろはあかの頭を撫でながら、首を傾げる。「しゅん?」なにそれ、さっぱり見当もつかない。お医者さんが来て、記憶喪失がバレたらずっと入院なのかな。それは駄目な気がする、なんか、感覚的に。大事な約束があって、わたしはそれを……。

「君、それは自転車、かも」

 くろはそう言って、頷く。「自転車?」うん、僕はその記憶を食べた覚えがあるよ。大事な約束は自転車なんだ。でも、それしかわからない。ごめんね。

「あ、彼らが来る、じゃあね!」

 ドロン、まるで忍者のように消えてしまう。マジか、夢じゃないのか。どうしろっていうんだ。足音が聞こえる。入るよ、低い男の人の声。

「佐倉さん、具合はどうかな」

 白衣を着たおじさんと、数名の看護師さん。その後ろにさっきの男の子がいる。「変わったこととか、どこか痛むとか、ある?」「いや……特に」なんて嘘だ。わたしは佐倉なんだ、今知ったよ。「念のため精密検査を受けてもらって、それで大丈夫なようなら退院だ。しかし良かった。今泉くんもこれで一安心だねえ」と、話は進んでいく。今泉くん、っていうんだ。「あ、ハイ」と小さく頷いた彼は、いつの間にか看護師さんに囲まれている。「あら、じゃあもう今泉くんは来なくなっちゃうのね」「残念だわー」おいおい、わたしの心配はどうした。お医者さんがゴホンと咳払いをすると、準備して来ますねとこの場を去っていく。

「わたしも準備をしてくるよ、今泉くん暫く付き添ってあげてくれないか」
「ハイ」

 口数はあまり多くないらしい。今泉くんはわたしの手に持たれたペットボトルを見て、少しだけ笑った。「喉、乾いたのか?」お医者さんの背を見送ってすぐの事だった。どう、返せばいいんだろう。わたしは彼の何だったんだろう。取りあえず、2,3度頷いて見せる。今泉くんは「やるよ」と言って、ベッドの近くにあった椅子に腰をかけた。

「結衣」

 それが自分の名前なんだ。何でだろう、呼ばれただけで心臓が跳ねた。きっと、とても綺麗な顔立ちをしているからだ。切れ長の目は、少しだけ近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけど、わたしの名前を呼ぶ声は優しい。そんなことを思っていると、ベッドのスプリングが悲鳴を上げた。え? 立ち上がって、ベッドに手をつく彼を見るわたしの表情はきっと間抜けに違いない。

「飲まないのか」
「え」

 スルリ、手に持たれたペットボトルがとられる。今泉くんはその蓋を緩め、「ほら」と言う。「あ、ありがとう」病み上がりだから(実際には病み上がりなのかどうかも知らないけれど)手に力が入らないと思ったのか、それともこれがわたし達の日常なのだろうか。キャップを外し、口付ける。こういう時のスポーツ飲料は格別に、しみる。

「しゃべるのは辛いのか?」
「え?」
「いつもは煩いくらいにしゃべるのに、今日はヤケに静かだと思って」
「そう……かな」

 知らない、いや、なんとなくそうかなあとは思ったけど。妖精に対する言葉遣いとかも、無意識だけどあまり綺麗じゃなかったし。「あ、そうだ」今泉くんはその話題についてはもういいのか、バッグに手を伸ばした。

「小野田がラブ☆ヒメのメージュのら、ラバスト? お前にって」

 …………な、なんだ、ソレは! ラバスト? ストラップ? オノダくん、わたしはそれが好きだったのね? 「みんな心配してる。早く退院しろよ。大会も、あるしな」そう言って今泉くんはわたしの手にラバストを握らせ、じゃあまた来ると立ち去る。

 ――待って、俊輔くん!

 思った。口からその言葉は出なかった。ただ、そう思った。「しゅん」そう言えば、あかが口にしていた気がする。それは彼の名前だったのか。そしてわたしは今泉くんではなく、俊輔くんと呼んでいた。どういう関係かはわからないけれど、ストラップを渡された時に触れた指先がほんのり熱い。ぎゅっと目を閉じる。「1,2,3」呪文のように呟いて、目を開けると彼らがいる。

「今、少し思い出した?」
「男の子の名前だけ、ね」

 そうか、そうか。それはよかった! 妖精達はベッドの上で変な踊りを始める。

「こうして少しずつ記憶の欠片が戻っていくんだ。僕達はお腹いっぱい食べたけど、それは記憶の海へと溜まっていく。それは何かしらの刺激を与えることで、君の元へ戻るんだ。消滅はしていない、でも時間はそう多くない」

 あおとあかは、お腹がすいたとのたうち回る。「わたしの食べないで!」「いらないきおくちょーだい、おいしくないけど、もぐもぐできるのー」何だそれ。いやいや、それよりもやっぱりこの自称妖精達に慣れ始めちゃってるわたしもおかしいんだけどさ。

「取りあえず、記憶喪失は隠して一刻も早くここから出ようか。ここはこれ以上思い出せない気がするんだ。君はもっと、大事な記憶を思い出さないといけないからね」

 元はと言えばあなたたちのせいです、と今更言っても仕方がない。「ちなみに、時間が多くないっていうのは?」なんとなく気になっていた所に突っ込んでみる。


\1週間くらいで腐っちゃうのさ/



待て、それはどういうことだ!!!

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