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そんな事を思いながらオムライスを食べていると、柊くんがわたしを見て首を傾げた。「なに?」「静かだから」「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」「ふーん」カチャリ、スプーンが月の欠片を救う。ほろり、赤い粒が皿へ落ちる。 「髪、降ろしてると」 「うん?」 「余計、あの人に似てる」 「……お姉ちゃん? そういえばもう同い年だしね。似てるなんて親にも言われたことないよ?」 雨の日に交通事故で息絶えた。星も月も見えない日。お気に入りの傘を持って、当時付き合ってた人と遊んで来た帰りだった。運転手の前方不注意で車に轢かれた姉は、搬送先の病院で死んでしまった。17歳だった。 「オムライス作ってる時も思った」 「へー」 「学校も、髪降ろしてきたらいいんじゃないか?」 彼はきっと、その言葉がわたしを傷つけるなんて思ってもいない。他の人がそれを言うなら、髪の毛を降ろしてる方が似合ってるっていう事だけなのに、柊くんのその言葉は、お姉ちゃんに見えるから髪を降ろして、という事と変わりない。 「……食欲、ない?」 「え、あ、ああ、ちょっと」 「俺、何か変な事言った? 名前、元気ないから」 「ううん、そんなことない。ほら、雨だし。お姉ちゃんも柊くんも星見れなくて残念だろうなあって。わたしも本買いに外に出るの億劫だし。そう、雨だから! あんまり、テンションあがんない」 笑ってみる。柊くんは「そうだな」と眉を下げた。わたしはまだ半分以上残っているオムライスを掬っては口に運ぶ。でも、と柊くんが口を開いてそれから手を伸ばした。彼の手はわたしの効き手の手首を掴み、スプーンの上の卵がべちゃりと皿へ落下した。 「俺、お前が元気ない方がテンション上がらない。星が見れないのは辛いけど、名前の笑顔見れない方がもっと、辛い」 数回の瞬き。ぎゅっと力の入った手にハッと意識が戻る。「食べて。俺が玉ねぎ剥いたし、炒めた。丸くしたのも俺。あの人が作ったオムライスも美味しかったけど、俺達が作ったオムライスも負けてない。ちゃんと食べて、笑ってくれ」なにそれ、変なの。真剣すぎて、妙な空気がわたし達の間に流れた。頷いて笑って見せる。緩む手。熱を持った手首が少しずつ、冷えていく。 こうして彼は無意識にわたしを落ち込ませ、悲しませ、笑わせ、幸せにさせ、好きにさせる。そんなのズルイ。敵いっこない。 「……今度、星型にしてみよっか」 「星?」 「うん。型があったから買ってくるよ。少し薄く卵焼けば形は整えられるし」 「卵ふわふわか?」 「あ、最初に半熟のやつ乗せてそれに薄いの被せたらいいのかな? どう?」 これでもかってくらいの笑みをわたしに向けて、「楽しみにしてる」なんて子供みたいに無邪気にはしゃぐ。それは、わたしに向けてくれた笑顔だ。 その時はケチャップで何を書こう。物語に出て来た主人公に振られた女の子の名前でも書いてみようか。真意は伝わらなくとも、その星がどの時期に出てどんな形でどんな色でどんな意味があるのかを柊くんは楽しそうに教えてくれるんだろう。図鑑を開くかもしれない。お手製の星図を片手に外へ飛び出て夜空を仰ぐのかも。そして言うんだろう。「あの人が好きな星が、あれ」と。 外の雨が強くなる。このまま永遠に振り続ければいい。星が見えなければ、柊くんはわたしを見てくれる。もっと、強く。雨の音しか聞こえないくらいに。そんな馬鹿な事を考えながら、三日月程度のオムライスを彼へと押し付ける。お腹は空いていたけれど、お姉ちゃんと柊くんが大好きな月なんてまっぴらごめんだった。 雨粒みたいな約束を、いっぱい集めて降らせたら |