知らぬ間に膨れ上がる思いのなんと厄介な事か! くどい言い回しに、更にはテーブルをドンドンと叩く動作まで付けて、最後に友人を盗み見る。困ったような、呆れたような表情に溜息まで添えて、「はいはい、わかったわかった」と心のこもっていない言葉までプレゼントしてくれた。先程注文したパフェが予想以上に甘ったるくて、口に張り付いているような気がする。最初に頼んだコーヒーは既に冷めているし、一口目の薄さといったら「は、アメリカンコーヒー頼んだっけ?」と、眉を思い切り顰める程だった。1つにイライラし始めると、どうも収まらないわたしの厄介な性格を知っていて目の前に座る友人は適当に流しながらも、相槌を忘れることは無かった。彼女のゆったりとした頷きかたが、まるでメトロノームのように。むしゃくしゃしていた心も次第にゆとりを持ち始める。

「はい、落ち着いた?」
「……ふう」
「で、恋がしたいなんて急にどうしたの」

 話題は本題へと移る。ねえねえ、聞いてよ。ほらアイツいるじゃん、ツインテールのチーク濃い女。「えっと、カミミヤさん?」そんなんだっけ? まあいいや。で、ソイツがわたしの顔を見るなり「彼氏いたことないってほんとお? 名前ちゃんこんなに可愛いのにぃもったいなーい! 男ってホント見る目ないよねえ。私みたいなブスに彼氏はいるのにさー」だって! ちょっと似てた? 似てたよね? 夢にまで出てくるんだからあのブス。ツイテにする前にプリンなんとかしろ、汚ェから。「名前の言葉も同じくらい汚いけど」……まあ、言葉遣いは置いといてだね。――その後は拷問だった。アイツの彼氏がいかに格好良いかという事を聞かされて、写メを見せられ、いや彼氏デブだったわ。キモデブだったわ。優しそうだね、しか言えなかったわ。「偉いよ、そこで暴言吐かなかった名前は偉い!」でしょー。まあ、それでだよ。あんなのに馬鹿にされるくらいなら、恋愛したい。そんだけ。

「恋ねえ。名前には最も遠い言葉だと思ってたんだけど……」
「うるさい!」
「そしてそれを聞いてここに連れて来たんだけど、ここにいる人たちは名前を恋愛対象には見ないね。黙ってればそれなりに可愛いのに」

 ……どういうことだろう。急にメイド喫茶みたいな所に連れてこられただけでも驚いてるのに、すごい可愛い女の子に「お嬢様」だの言われ、逃げ出したかったよ、わたし。コーヒー薄かったし。まあ好みの問題もあるだろうけど。で、どういうこと?

「失礼します。コーヒーのお代りは如何ですか、お嬢様」

 優しい声色だった。スラリとした美青年が姿勢を正して立っている。一瞬視線がかち合ったような、しかしわたしがすぐに俯いたので顔はよくわからない。ただ、綺麗な人だった。「できれば……もう少し濃い方が」緊張して声が上手く出ない。ぼそぼそとした声を聞き取ったのか、大変失礼しました。お嬢様は濃い方がお好きでしたか。淹れ直しますので、少々お時間を頂けませんか? と馬鹿丁寧に言われてしまう。大した返事も返せずに、頷いておくと、視界の端で一礼をした男がホールから居なくなった。

「……な、何あの人」
「イッキさん。ファンクラブもあるここら辺じゃすごく有名な人」

 そんな人も世の中にはいるんだなあ。わたしとは大違いだ。「あの人に合わせる為に連れて来たんだよ。運が良ければ彼氏になってくれるよ、3ヶ月、だったかな」……な、んだそれ。何で最初から期間決まってる訳? たくさん付き合いたいから? 全くわからないんだけど。

「お待たせいたしました」

 綺麗な手つきで、目の前にカップが置かれる。白手をしていても形が綺麗なのがわかる。まるで女性の様。男性にしては細い指先だったけれど、長く角ばっている。この手が、どれだけ多くの女性と手を繋いだのだろう。身体に触れたのだろう。いとも容易く、感情など持ち合わせず、ただそれがルールのようにあるのだろうか。そう思うと関係ないのに腹が立つ。チークの女は確かに私を鼻で笑ったし、自慢の彼氏もただのデブだった。それでも羨ましいと思えた。だから苛ついた。写真を見せびらかしながら、それでも「これはね、」と思い出を添える事が出来る女だった。彼は、そうじゃない。きっと、「ああ、そんなこともあったっけ。忘れた」と簡単に言い退ける。傷つけ、それでも尚、優しく体に触れる。

「お嬢様?」

 妄想だろうか。そうだ、これはわたしの妄想だ。「わざわざ、ありがとうございます」「いいえ、お口に合うと良いのですが」笑った。彼は営業用の笑顔をわたしに向けた。その顔が不愉快で睨みつけた。すると、細んだ目が大きく開いて、また笑った。「驚いたな」素のようだった。

「ねえ、名前は?」
「仕事しなよ」
「それはそうだけど。気になって仕方がないんだ」

 心臓が跳ねる。「僕と付き合わない?」なんて、こんなイケメンに言われたことないんだけど。本当に何なの、展開が全く掴めない。「何で」「気になるから」「意味わかんない」「3ヶ月、試しにどうかな?」――だから、何だよその3か月って!

「わたしは恋愛をしたいの。馬鹿みたいにいちゃついて幸せだねって写真とって、この写真あの時だねって年とっても話したいの。わかる? 期間限定でそんなことできるか、何が楽しくて人と付き合ってんの、馬鹿にしてるわけ?」

 一息に言って、はっとする。周りの視線が痛いので、思わず俯いてコーヒーを口にした。「……おいし、い」さっきとは違う。香りも濃さも好みのコーヒー。彼、イッキは「良かった」と胸を撫で下ろした。

「僕が毎日コーヒーを淹れてあげる。君が喜ぶなら幾らでも」

 ああ、駄目だ。この男は毒が強すぎる。望んだ恋愛が一瞬にして弾けとんだ。楽しそうに笑うので、それに反比例するようにわたしの顔が中心に寄る。「じゃあ、仕事に戻るから。後で連絡先、教えてよ」普通の人は軽々しく言えない言葉をよくも、口を開けば罵詈雑言と溜息しか出てこなそうなので、カップに注がれた黒い液体を飲み干した。底に描かれた可愛らしいハート柄に、ついついカップを割りたくなったのはここだけの話だ。

ねえねえドラマチックをくださいな