愛した女1人守れない世界ならコッチから願い下げだ。

 防衛班班長、第二部隊所属の大森タツミがビール缶を片手に声を上げた。既に出来上がっているのだろうかと、よろず屋は遠巻きにその様子を見た。隣には同じく第二部隊所属のブレンダン・バーデルが大きく息を吐いて、タツミの背を叩いている。生真面目すぎる彼がエントランスでのどんちゃん騒ぎを許すはずもないので、やはりこの光景は不可思議だった。

「自室に戻ろう」
「ヒバリちゃん連れ込むってこと?」
「……俺が訓練に支障をきたさない程度に付き合ってやる。まず口を閉じろ」

 なるほど、そういうことか。よろず屋は大森タツミの不可解な行動の意味を理解すると、小さく笑った。クツクツ、それでも鳴る喉に近くにいた雨宮ツバキが「なんだ?」と視線を寄越す。いえいえ、何でも。そう首を振ると、彼女は何事も無かったかのように資料に目を通していた。

 極東支部のオペレーター、竹田ヒバリは俯いたままである。「今日もお熱いね、ヒバリ」「何の話ですか?」「タツミさんの愛の告白がエントランス中に……っと、ゴメンナサイ。さて整備に戻らないとー!」いつものようにそれを茶化し、無言の圧力をかけられ、橘リッカが仕事へ戻る。

 これだけを見れば、どうも平和ボケしてしまいそうだ。しかし、実際に彼らの命はいつも危険と隣り合わせだった。――ナマエよりもずっとハイリスクな仕事をしている。冒頭のタツミの言葉も無下にはできない。そんな彼等をよろず屋は目で追った。タツミのよれた赤いジャケット。ブレンダンは対照的に皺1つない青いジャケット。性格も同じように両極端にいるような2人だが、置かれている立場はさほど変わりはない。アナグラの外に一歩でも踏み出せば、彼等は命を張ってこの世界を守ろうと奮闘するのだから。









 トントン、軽いノック音の後に「よお」と顔を出したのは、任務終わりの雨宮リンドウだった。整理整頓とはかけ離れたタツミの部屋を見回して、苦笑いを浮かべる。自分のスペースだけを綺麗に確保したブレンダンは、リンドウの姿を見るや否や姿勢を正す。

「お疲れ様です」
「おー、飲んでんのか」

 飲みます? いいや、また任務があるんでな。そんなやり取りの先に、ふと沈黙が流れる。「……妙じゃないか?」口を開いたのは、リンドウだった。タツミは空の缶を床に置いて、3本目に手を伸ばしていた。その指先が空中でピタリと止まる。

「俺はあまり素材回収をしないんだが……。最近はやけに見つからないと思ってな。特に贖罪の街」
「そういえばカレルがぼやいていたな。最近は嘆きの平原に行くことが多くなった、と」
「よろず屋がレアモノを出すようになったよなあ、カレルじゃないのか」

 ソーマが、女を見たというんだ。

 大して大きな声ではなかったが、部屋に響き渡る。2人は顔を見合わせ、それから首を傾げた。「一般人らしい。武器も持たず、ただ古びたリュックを背負ってな。その女は、気配を感じ取ったのか振り向いて、辺りを見回し、逃げたそうだ」もしも情報が入ったら教えてくれ。じゃあ、行ってくる。

 リンドウは「よっと」と小さく声を上げ、立ち上がる。節々が音を立てていたので、年だなあと1人呟いた。疲れが取れるはずなどなかった。それでも何食わぬ顔で手を振り、部屋を出ていく。その姿を見送って、少しするとタツミが口を開いた。

「しっかし、危険だとわかって居住区から出るヤツがいるのか?」
「管理システムはどうなっているんだ。まず出入り口からまともに出ればすぐにわかるだろう」
「――俺達の把握していない抜け道がある」
「そういう、ことだろうな」

 温く炭酸の抜けたビールは口に含んでも味わうことはしない。喉を懸命に動かして、胃へと流し込む。2人は暫くの間、個々で物思いに更けていたようだった。いつの間にか日が暮れている。「よろず屋に聞くのが手っ取り早いんだろうけどな」タツミはそう言って、ベッドへ身を投げた。「そう簡単に教える訳がないだろう。――さて、部屋に戻る。明日は午前に任務があったな。忘れるなよ」へいへい、力無くベッドの脇に垂れた腕が反応する。

 ブレンダンは自室に戻る途中、ふと未だ見ぬ女の事を思った。どんな事情があるにせよ、アラガミと対抗出来る力を持たずして外へ出るのは無謀だと。優先順位は命だと。しかし彼は何もわかっていなかったのだ。彼女と出会うその時までは、何も。



宙の狭間へ駆け落ちをした彗星たち

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