「今日も素敵な衣装ですね。名前さんと言えば、明るく可愛いっていうイメージですが、今回は大人っぽくて綺麗ですね」ありがとうございます。そうですね……曲のイメージに合わせてみました。「新曲のタイトルにもブルーと入っていますが、今回は作詞もされたとか」はい、素敵な曲を頂きました。聞いた瞬間に、フレーズが思いついて。今のわたしの気持ちを最大限、表現した歌になっています。多くの方に共感して頂けたら、と思っています。「テレビ初披露、名前でブルー・ロンリー・ナイト」



 見慣れた光景だ。幾つものカメラとたくさんの人。地に足を付けて立っている筈なのに、何故だろう、ふわふわしている。ピアノの音。青いライトがステージを照らす。当たるスポットライト。何で、こんな最悪な日にまで歌を歌わなければいけないんだろう。馬鹿みたいなやり取りをして、笑顔を張り付けて、頷いてみせて。息を吸う。その音すらもマイクが拾う。「ねえ、忘れられないの」1フレーズで吐き気がした。ぎゅっと目を閉じて、周りのことなんて考えるな、音を聞いて。声が、思ったように出なくて。なのに観客はわたしを見ている。泣いているの? とてもありがたいけれど、泣きたいのは、コッチだよ。


 拍手と、名前を呼ぶ声と……。頭を下げ、ステージからはける。スタンバイしていた彼らと目が、合った。軽く笑って、会釈。社交辞令だって、慣れたもんよ。「名前ちゃん、お疲れ〜。すっごい感動したよ!」嶺二さんがそういって、笑ってくれる。ありがとうございます、そう言いたかったのに口を開いても言葉は出てこなかった。少し視線を逸らして「あ、行ってくるね〜! ちゃんと見ててよ、頑張るからさ」と早口に言って、この場を去っていく。一度もわたしを見ようとしなかったね、蘭丸。アンタにとって今日は、いつもと変わらない日でも、わたしにとってはアンタに振られたサイアクな日だよ。気付いてた?――恋愛なんてもうしないと、そう誓った日だよ。


 楽屋に戻って、椅子に腰かける。裾の部分は特に濃い青だった。床に広がった青を見つめれば、さっきより吐き気はマシになる。涙は零れなかった。海に沈んでいけばいくほど、暗闇になっていくように、青に沈めば気分も落ちていくけど。ヒステリックに叫ぶよりはいいじゃない。わたしも大人になったの。「キャアアアアア」はっと意識が戻される。――歓声が、聞こえる。部屋の端にあるテレビに映し出されたアイドルは、わたしが先ほど会釈をした4人組だ。ライトを体いっぱいに浴びて、踊っている。カメラ目線の彼と、目が合った。それは一瞬だった。次の瞬間には藍ちゃんがいる。「ねえ、大丈夫なわけ?」首を傾げて声をかけてくれたっけ。大丈夫だよ、そう笑って答えると「ふーん」と去っていく。あの子なりの優しさだったんだろう。仕事だから。歌っているから。こんな日も、寒い夜も、歌っていれば、何も聞こえなくなる。わたしの音以外が波に飲まれて消えて行く。「名前さん、お願いします」……ああ、感傷的になりすぎた。「はい」立ち上がる。青が遠くなる。大きく息を吐いて、大丈夫と言い聞かせて。

 「今週の1位は名前で、ブルー・ロンリー・ナイト! 今のお気持ちを教えてください」ありがとうございます。とても大切な曲なので、まさかこのように支持して頂けるなんて光栄です。「若い世代から圧倒的な支持率ですね。着うたランキングも1位ということで、本当におめでとうございます」この歌がたくさんの人に愛して頂けますように。そんな思いを込めてこれからも大事にしていきたいです。本当にありがとうございました。「では最後に、今週1位のこの曲でお別れです」


 ねえ、この曲わたしに頂戴? 歌詞、つけたいの。そう春歌ちゃんに頼み込んで出来た曲。お気に入りのブルーのペンで、書いては線を引いて、繰り返して。いつの間にか、5,6枚の紙。困ったような春歌ちゃん。

「この曲……」
「うん、これで終わり。要らないところ削っていくけど、わたしの素直な気持ち」
「名前さん、ピアノとドラムベースでシンプルにし直していいですか? きっと、そっちの方がしっくりくると思うんです」
「うん、任せる」


 この曲で泣いたりなんかしないわ。もう飽きる程泣いたもの。1位なんて、いらない。栄光なんて欲しかったわけじゃない。普通で良かった。普通にアナタを愛せたら良かったの、蘭丸。照明がくるくると回る。わたしを、ステージを、他の出演者を照らしていく。こんな光りも望んでない。太陽の下、何も気にせずにアナタの隣を歩きたかっただけ。それだけだったんだよ。

ブルー・ロンリー・ナイト



 「青、似合うよな」え、青? 「シンプルな青いドレスがいいんじゃねェ?」 女の子はピンクが好きな生き物なんだけどね。「下らねェ……」何よ、いいじゃない。でも、次は青い衣装頼んでみようかな。

「やっぱり、似合ってんじゃねェか」
「……え」

 何で、いるの? 他のメンバーは? 着替えて、もう帰る支度を終えたところだった。車が来るまでの少しの時間をフロントで潰していた。手にしたスマホには、生放送を見たたくさんの人からメッセージが入っている。それを確認しながら、昔の事を思い出していた。「腑抜けた顔だな、オイ」本物、だ。威圧的な話し方も、声も、目の前にいるのは黒崎蘭丸本人だ。

「嶺二さん達は?」
「あ? 車」
「……蘭丸は?」
「この後、収録このスタジオだからな」
「そ、う。頑張って」

 あ、車が来た。「じゃあ、行くね」「ああ」変じゃなかっただろうか。他の関係者の人が、わたしの対応を聞いて不思議に思わなければいい。何年も前の話だし、ほんの少しの期間だった。わたし達が有名になる前の、ちょっとした過去だ。

「いい曲だったぜ」

 背を向けて、軽く手を振る姿。別れたあの日とダブる。どうして離れていくの、ねえ、どうしたら戻れるの、やり直せるの、あの時よりは大人になったよ。そんなことを言葉にしたら、また離れていくことだってわかっているから何も言わない。――まだ、あの時に捕らわれたままだね、馬鹿みたい。忘れようと努力する度に、かまわれて、振り出しに戻るだけ。車の窓に頭を預けて、わたしは歌うの。涙が枯れるまで歌い続けるの。見たこともない砂漠の夜明けが瞼に浮かぶ。この涙もオアシスのように幻だと思わせて。