トントン、トントン

 右肩を軽く叩かれている。トントン、トントン。朦朧とした意識の中で、顔を上げる。「終わったぞ」あ、おはよう。金城くん。……え、終わった? 「嘘ッ!」思い切りが良過ぎた。ガタン、椅子が後ろに倒れる。落ち着け、と幼い子をあやすような優しい声がした。

「かなり退屈そうだったな」

 苦虫を踏み潰した様な、この表現が相応しい。「青春とは何か、って作文はちょっと……」わたしにとって、青春とは――この書き出しで終わり。真っ白な作文用紙。今日で出来なかった人は来週の現国の時間までに提出なんだそうだ。

「青春って何色かなあ。やっぱり青? それともピン……」
「金城、行くっショ」

――緑、だ。

 チラリ、わたしを横目で見て、金城くんへ視線をやった。チラッと見られただけなのに、少し鳥肌が立ったのは、彼の目つきのせいだ。――巻島くん、とつい呼びそうになったのを飲み込む。だって、話したこともないのに、名前を知ってるなんて興味がありますって言ってるようなものでしょ。仮に彼はわたしのことなんて知らないはずだ。

「巻島。すまんな。行こう」
「……イイワケ?」
「え? ああ、ごめんね金城くん。部活頑張って。えっと、あと……」

 緑じゃなくて、何色って言ってたっけ? 友達に巻島くんのこと聞いた時に……虫、「芋虫色?」「クハッ、玉虫ショ!!!」「ごごご、ごめん! 玉虫くん!」「はぁ!? オレは巻島だ、巻島裕介! 覚えておけ!」……知ってるよ、巻島くん。髪の色は間違えちゃったけど、ちゃんと知ってる。自転車部な事。平地がとっても遅い事。だけど、山ではびっくりするくらい輝いている事、知ってる。知ってるんだよ。

「とっても、綺麗な色してる」
「…………そう思ったなら、間違えんな」
「ごめんね。金城くんも、ありがとう。作文、頑張るね」
「ああ。さあ、行くか」

 っショ! 巻島くんが返事をする。「――そうだ、苗字」「うん?」「青春の色はわからないが……見せてやることはできる。来い、退屈なんだろう」大きな、大きな背中。努力をした人の背中。「本当?」なんでだろう、無性についていきたくなる。

「オイオイ、金城」
「いいだろう、別に」
「先輩に何言われても知らないかんな」

 ハア、大きな溜息が聞こえたけれど、そんなことはどうでもよかった。教室を飛び出して、玄関を抜けるとてっぺんよりも少し沈んだ位置に太陽が見える。――ああ、眩しいな。金城くんは太陽の光を浴びると、とても輝いてみえた。でも、わたしの目は、無意識に彼を追ってしまう。なんで、こんなにも格好良く見えるんだろう。

 懸命に自転車を漕ぐ姿。先輩に注意をされ、しょげる背中。ねえ、すっごく綺麗だね。夕陽に映える髪の色だね、巻島くん。すごく苦しそうなのに、山を登る時はニタァって笑うんだね。「頑張れ、頑張れ、巻島くん!」「っショ!!!」ねえ、すごく応援したくなるよ。わたし、ドキドキしてる。とても、楽しいって思ってる。……自転車、いいな。気持ち良いんだろうなあ。漕げば漕ぐだけ連れて行ってくれる。好きな所にわたしを運んでくれる。

「金城くん……わたし、自転車乗れるようになりたいよ!」
「そうか、絶対乗れる。オレが保障しよう」

 青春とは――青い春。ううん、玉虫色の世界。自転車は――わたしを好きな所へ連れて行ってくれるでしょう? ねえ、わたしを巻島くんの元へ連れて行ってよ。だってこんなにもドキドキしている。どれだけペダルを回したら、玉虫色の世界に辿り着けますか?

退屈を噛み殺す

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