初めて出会ったその時から、嫌いだった。線が細くて、小柄で、まるでか弱い女の子のような、それこそ童話でよくある「お姫様」のような子。幼い頃は、きっと虐められていたんでしょう? 痛いよ、やめてよ、どうしてそんな事するの? そう言いながら王子様を待っているような子。さらに気に喰わないのは、そういう「お姫様」と言うのは、基本的に聡いのだ。賢くて、美しいのだ。わたしにはないもの全てが、彼にはあった。まるで女の子のようなのに、アルミン・アルレルトという新兵は少年だった。数回、その名前を噛みかけ、その度にやんわりと笑う。それから、すみません。と頭を下げる。困ったような、泣きそうな表情を浮かべるのを見る度に、この子はわたしを悪者にしようとしていると思った。驚くくらいわたしの心は歪み、荒んでいるが、この世界で生き抜くには大した事ではないと思う。昔から相場は決まっているの。馬鹿みたいなクソ真面目か、引かれるくらい狡猾か。そのどちらかに属する人間が、生き延びて来たのだと。


「ナマエさんは、生きることを放棄しているように見えるんです」

 真っ直ぐな視線。大きな瞳がわたしを写しだしていた。「放棄?」とても失礼な子だね、と付け足すとやはり少年は困ったような、泣きそうな表情を浮かべ「すみません」と頭を下げた。「どうして、そう思ったの?」小さく首を傾げ、尋ねてみる。視線は一切逸らさない。ゆっくりと瞬きをして、もう一度「どうして?」紡いだ。

 ぶるり、彼の身体が揺らいだ。止めてよ、そういうの。虐めてるみたいじゃない。実際に、彼の同期がこの場を通ったら「オイ!」と声を荒げてまるで王子様のように気取って、割って入るんだろう。ああ、嫌だ。嫌だ。いつだって、そうだ。わたしは何故か悪者になる。

 アルミン・アルレルトは口を堅く閉ざした。次に発する言葉を懸命に選んでいるように見受けられた。時間を与えてあげよう。顔を逸らし、窓の外を見る。真っ暗だった。いつの間にか日が沈み、辺りは闇に溶け込んだ。巨人もおねんねの時間だろうか。そのまま永眠してくれればいいのに。本当に嫌になる。生きることが、嫌になる。いつ死ぬかわからないから、1日を悔いないように過ごせ、なんて馬鹿みたい。どう過ごしたって、死ぬ間際は後悔ばかりでしょう。――この世に生まれてしまったという、喰われる側で生まれたという、そんな後悔。外の闇よりも深くて、汚くて、でもこうして生きてきたわたしを、目の前の少年は否定しているのだろうか。いいや、きっと違う。僕にはこう映っているよ、当たっているだろう? 自分の知識を、思慮深さを開け出したいだけなんだ。

「その、ただ、僕は……」

 この世界で、どうやったらナマエさんと生きれるのかを考えていただけなんです。

 真っ直ぐだ、真っ直ぐすぎて眩しい。少年はわたしとは対極の位置にいる。なのに、どうして、わたしなんかに手を差し伸べたんだろう。価値などない。もしもわたしに価値を付け加えるとすれば、わたしが巨人の餌となったことにより人類が1歩でも躍進を遂げることにある。きっと、そんな日なんて来ない。――だって、みんな死んだけど何も変わらなかったじゃない。

「わたしと? どうして?」
「ナマエさんは……とても狡い」

 狡いよ。消えそうな声で、そう言った。その顔があまりにも切なくて見ていられないので、窓に手を伸ばした。まだ、冷え込むこの季節。わたしを落ち着かせるには丁度良い、ひんやりとした風が入る。「狡い?」「そうやって、僕を目に写してくれないこととか。返事をくれないこと、とか」「返事? 何に対して?」そう言って笑ったわたしをギッと睨む目が、潤んでいた。あ、泣いちゃうのかな。そう思った瞬間に、アルミン・アルレルトの柔らかそうな頬に涙が伝った。――どっちが狡いのよ、全く。肩を落として、「ごめんね」と「ありがとう」と「嬉しいよ」気持ちを伝えてみる。この子はわたしがとても嫌いな子だ。美しく、聡明で、それでいてわたしより狡猾だから。

嫌い、大嫌い、アルミンなんて。

「ナマエさんの嫌いは……好きに聞こえてしまうんだ。都合が良過ぎるのかな」

 泣きじゃくって、おいでなんて言ってないのに、わたしの胸に顔を寄せる少年。ああ、本当に嫌い、嫌いで、嫌いで、おかしくなりそうだ。「誰もあなたを助けないよ。王子様も、いないの、アルミン。こんな世界でどうやって生きていくの?」柔らかな髪の毛を撫で、優しく問う。「ナマエさんは何か勘違いしているみたいだから言うけど……。僕は、ナマエさんを生かす為なら、手段を厭わないよ。死のうとするなら、足元に幾らの死体を重ねても、生かそうと思ってるんだ」大きな瞳が細む。意外にもわたしよりも大きな掌が、わたしの手を掴んだ。

残酷だ、本当に

 ぎゅっと力の込められた手。「そうだね」肯定してみる。「ナマエさんは、本当に酷い人だね」欲しい言葉を1つとしてくれないなんて

 小さな背中に触れ、撫で上げる。なんで、こんなにも、鼓動が早まるのか。子宮が、疼くのか。お姫様のような少年に欲情しているのだろうか。「死にたくないって……思えるようなコト、しよっか?」勢いよく顔が上がる。「あ、え、え?」頬を赤く染めて、この少年は何を想像しているのだろう。きっと、わたしと同じコトを考えているんだ。聡い。だから嫌い。嫌いだよ、アルミン。馬鹿みたいに繰り返して、額に、頬に、唇を落とした。

 ほら、目を覚ましてお姫様。恋に夢見るお姫様。王子様はアナタが憎くてキスをするの。だってそうでしょう? 現実程、残酷な世界などないのだから。

さて、今からあるお姫様の話をしようか
(王子様を信じちゃだめだよ。現実で生きることより夢の中で暮らせた方が幸せだなんだって。王子様は酷いでしょう? アナタを苦しめる為に口付けをするのだから)