ぐしゃりと握りつぶされた箱の中から、もう数本しか入っていないうちの1本の煙草を手にして、彼女を想った。「アイツが吸っていたのと同じ」ナマエは父親をアイツと呼ぶ。もう顔は覚えていないと言っていたし、母親の話題に関しては出たことがない。

 フィンクスの中で、母親や父親の定義というものは、勝手に作って勝手に生んでんだろ。だったらそれだけの価値だ。ということになっていたし、団員もそれぞれが過去について話すこともない。否、記憶がないだけかもしれない。

 それ故に、彼女の行動があまりにも不可解だった。


 嫌だ、嫌だという。駄々こねたガキのように。――1人にしないで。わたしを見て。見捨てないで。そう叫んで、果物ナイフを左手首にあてて、ひいた。それは驚愕すべきことだったし、その中の理解し難い感情に嫌悪さえした。

 傷も、血も、見慣れてはいる。それはほとんどが自分の手で奪った命のものだったけれど。まさか目の前でこんなにも簡単に血を流して「汚い?」そう問われた。初めに行動したのはシャルナークだった。次にマチが止血をして、がっぱりと開いた傷口をいとも簡単に縫い付けた。その様子見ながら、「汚い?」という質問の答えを探していた。



「……汚いって、何だろうなあ」

 未だに出ぬ答えを探して、火のともった煙草を吸う。肺まで、いや体の隅まで煙を循環させて、吐き出す。気分は落ち着いた。でも、答えは出ない。
 最初は嫌っていた父親の血が流れているからだと思った。違った。次に女特有の生理ってやつだとも考えた。違った。そしてしばらく考えるのを止めた。その間に彼女が自身を痛めつけるのを放棄して「抱いてほしい」と願った。

 断る理由もなしに、ナマエに触れた。最中、彼女は呟いた。小さくて、それは彼女の中心から溢れた水音に紛れて「お……さん」それだけ聞こえた。気にはなったが、聞き返すことでもないような気がした。それから幾度となく彼女と夜を過ごして、その言葉があまりにも不気味で恐ろしい言葉だということに気付かされた。



 窓の外は、先ほどの激しい雨がまるで嘘のように晴れていた。このまま雨だったら迎えに行こうと重い腰を上げた矢先だった。どうやら、必要ないらしい。走っていくシャルナークの後ろ姿が見えた。きっと電話で呼び出されたのだろう。

 フィンクスは聞いて、聞かぬ振りを続けた。嫌になって億劫ではあるが外へと出た。どんな女も、そんな言葉を言うヤツはいなかった。当たり前だとは思ったが。

「ありえねェだろ、やっぱ」

 吐いた煙が消えていく。こうやって、汚いものも過去も何事もなかったかのように消えて行けばいい。ふと、そう思って笑った。らしくねェな。自分を、笑った。

 いっそのこと煙草を変えてみようか。女の匂いでも駄目なら、嗜好品を。それでも、変わらずに続いていくのだろうか。名前も姿も知らない「父親」と重ねられて、依存されても気味が悪いだけだ。殺してしまおうか。いや、それは面倒か。

 こうして1日の半分以上を彼女を想うことに費やしては、煙草が1本、また1本と消えて行く。それが生活の1部だと言ったら、人はこれを依存と呼ぶのだろうか。

When you are alone, you will remember her.

お前の瞳に映ろうなんざ思ってもいねェよ。

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