シャルナークの部屋を後にしに、使い終えたコップを洗いに水場へ寄ると、フェイタンがマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れている所だった。

「おわたのか?」

 カツンカツンと縁同士が音を立て、底に粉がたまる。お湯はまだ沸いていないのか、フェイタンはシンクの横にある冷蔵庫にもたれ、言った。

「うん」
「もうやめたらいいね」
「……うん」
「ハァ、聞きわけのない女だよ」

 蛇口を捻ってもなかなか水が出てこない。たまに調子が悪いのかそういうことがある。ナマエははやくこの場から去りたいのに、どうやらそうもいかないらしい。

「フェイ、でもね」
「ナマエ傷つくだけ。愛されてなんかないね。愛なんてわからないけど」

 人を愛するなんて大層な気持ちなど微塵もない。が、ナマエに気を取られるこの気持ちはなんというのだろうか。知る由などない。ただ、惨めな姿を見ていたくなかった。男に振り回されて、1人で生きていけないと喚くナマエが可哀想だと思う。

「ただの玩具。わかてるか?」
「ちがう」
「ハッ、どこが」
「やめてよ、おねがいだか、ら」

 フェイタンはナマエがフィンクスのことで傷つくと、余計にそれを刳る。それはいつものことで、この日だけ、やけに辛辣なフェイタンと顔を合わせるのが辛い。彼は容赦を知らない。ただ、嘘もつかないのだ。決して。

 酷薄な人のように思えて、何よりもナマエを心配しているなんて誰が思うだろう。また当の本人ですら、そのことには気付いていないのだから。


「フェイ、虐めてんなよ」

 ふわり、香るのは知らない香水。竦めた彼女の首に腕を回す男は、フィンクスだった。

「臭うね、オマエ」
「シャワー浴びたんだけどな」

 フェイタンは眉を顰め、それから火にかけていたヤカンを手にした。まだ沸きたっていないが、十分に熱したお湯を苛立ち気にコップへと注いだ。彼もまた、一刻も早くこの場から去りたい一心だった。

「フェイタン!」

 じゅっ、と音がした指先をフェイタンは見つめた。回された腕を潜り抜け、冷たくちいさな手がそこに触れる。ナマエはそのまま出の悪い水道水に彼の手を強引に引っ張った。

「別に、」
「よくない!傷、残るから」

 後ろにいたフィンクスは「無視かよ」とだけを残して、いつの間にか姿を消す。

「もういい」
「だめ」
「ワタシ、使うの止めるね」
「フェイタン、おねがいだから」

 助けてよ。もうダメなの。

 その場に座り込むナマエにかける言葉はただ1つ。

「馬鹿な女」

 フェイタンは濡れた手をそのままに、うなだれた頭に触れる。

 今日は朝から啜り泣く音が、耳から離れない。

I sometimes obey instinct.

 触れる指先は熱く、痛みを伴い彼女に愛を。


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