スウィート・ブランケット | ナノ









 180度で予熱。マフィンカップには8分目までチョコレート液を流し込んである。あとはオーブンにいれて、15分程度待てば完成。

 別に何かのイベント事でもないが、パクノダがブラックチョコレートをいっぱい持ってきてくれたので(どうやら大人買いしたらしい)、フォンダンショコラを作ることにした。隣でシズクとコルトピがオーブンの中を覗きこんでいる。

「そんなに見なくても逃げて行かないから」
「エレナ、これもらってもいいんですよね?」
「僕も食べていいの?」
「当たり前でしょ。人数分より多めに焼いてあるから。今日帰ってこなかった団員にはなしだから、余ったらお部屋に持ってくね」

 2人は大きく頷いて、焼き上がりを待つ。「あ、ひび入った!」の声に、慌てて様子を確認すれば、そろそろいい頃合いだろう。

「粗熱とれたら食べてもいいよ。ちょっと時間置いた方美味しいから」
「本当に?」
「粉砂糖とココアパウダーかけた2種類あるから、好きな方食べてね」
「僕、白い方」

 いつもはのほほんとした雰囲気の2人が楽しそうにしているのを見ているとこっちまで楽しくなる。パウダーをかけている間に、どうしても待てないとスプーンを持ち出したシズクが「うわあ!」と歓喜した。

「とろとろだ!」
「僕も! 僕も!」

 どうやら成功したらしい。甘い匂いが部屋中を満たすと、とっても幸せな気分になる。わたしはいつものように、それを彼の部屋へ届けに行く。途中、シャルナークの部屋の扉をノックしたが、どうやら何も言わず出かけたらしい。こういう時はすぐに帰ってくるので、シャルもフォンダンショコラにありつけるだろう。

「フェイタン、フォンダンショコラ持ってきた」

 きっと彼はそのお菓子をしらない。いつもよりも早く扉が開き、隙間から体を出した。「何ね、それ。甘たるい匂いする」と、わたしの手にもたれたマフィンカップに視線を送る。

「温かいうちに食べると美味しいよ」
「……はあ、いつもいつもご苦労ね。ワタシ、食べる気ないよ」
「どうして?」
「何食べても美味しい思わないね。胃に入ればみんな一緒。違うか?」
「それは違う! 美味しいものは食べると幸せになるもん」

 フェイはぐっと眉を寄せ、「幸せ?何ね、ソレ」と低く呟いた。冷たい声に、背筋が粟立ったが、負けじと手に持ったフォンダンショコラを突き出す。

「お願い、食べてみて?」
「嫌。お前に指図される覚えない」
「どうしていつも食べてくれないの!」

 ついつい声を荒げてしまった。それが気に入らなかったのだろう。パシリ、手が払われる。「あ!」声を上げた時には遅く、フォンダンショコラが落下した。カップから外れ、ぐしゃりと潰れた生地から、どろどろとチョコレートが出てくる。あの時、見た光景に酷似していて、息を飲んだ。

 頭が、潰された、あの女の人みたい。

「やだ、なんで……」

 とても綺麗で、意地悪な女だった。死に際は呆気なく、そして汚かった。片手で頭を潰され、血が、水が、脳ミソが、至るところから出て来て……ああ、嫌だ。思い出して、しまった。

 体の力が抜ける。へたり、座り込んだわたしの目にフェイタンは映らない。あの時のように、掃除をしなければいけない。何事もなかったかのように、綺麗に……。

 手でかき集め、カップに入れる。甘い匂いが広がる。チョコレートがべたついてしまい、あとで雑巾を持って来なきゃなあと、頭の片隅で思った。甘い、匂いだ。血ではない。これは、チョコレート。

「汚い」

 ゆっくり顔を上げると、フェイタンがこちらを見ている。「……汚い? わたしが……?」無意識に出る言葉。首を傾げるフェイタンを認識し、立ち上がる。

「わたし、汚い? ねえ」

 つい、目の前の白い頬に苛立ちをぶつけてしまった。乾いた音が響いて、彼の肌が茶色く染まる。フェイタンは一度、瞬きをしてから己の頬に触れた。

「死にたいか」
「……避ける、と思って」

 指についたチョコレートを一瞥し、口に含む。「え」思わず声を上げると、フェイタンがわたしの手を取った。

「簡単には殺さないね。まず爪剥ぐ。骨折る。目も抉てやるか?」
「……ッ!!!」

 爪が手首に食い込んで、離れない。ぷつり、一点から血が出てこれは本当に不味い状況下だった。手が、フェイタンの方へと寄せられ、茶色く汚れた指先が口元へ運ばれる。

 爪を歯で剥がされるんだ! そう気付いても恐怖心で何もできない。「やっ、待って、ごめんなさ……ッ!!!」歯が、当たった。息を飲んだ。そして、温かな舌が這う。

「んっ、フェイ!」

 名前を呼んでも止まらない。舐められ、時折甘噛みされる。一本、また一本と指が口に運ばれ、同じことを繰り返された。息が、上手くできずに、口を開けば嬌声にも似た声が上がる。とうとう手のひらに舌を這わせたフェイタンが、チラリとわたしを見るので心臓が跳ねた。

「食べる喜びてコレのことか。悪くないね」

 口の端を上げ、そう言う。「エレナ、次は何持てくる?」コテンと首を傾げた彼に、わたしの体温は上昇しっ放しだった。


フォンダンショコラクラッシャー


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