恋人ごっこは今日で終演 | ナノ
 ――どうしてこんな時に、夢を見たんだろう。仮眠は短時間だったはずなのに、随分長いこと夢を見ていた気がする。辺りを見回せば、みんな眠りについていて。新兵には申し訳ないことをしたと、今更ながら後悔が込み上げる。

 きっともう少しで、見張りがわたしに回ってくる。お願いだから、来てくれるな。今、死んだら後悔するから。なんで、あんな夢を。「ナマエ」名前を呼ばれて振り返れば、ナナバさんが首を傾げていた。

「見張り、次? まだ時間はあるよね」
「ナナバさん、起きてたの?」
「……少し、話そうか」

 ナナバさんが手招きをする。最小限音を立てないようにして彼の前に腰かけた。「何を?」「思いたくはないが、最後かもしれないから」どうして、そんな悲しい事を笑って言うの?

「……ああ、わかってる。戦いは放棄しないし、あの子たちに情けない所は見せれない」
「ナナバ、さん?」
「ただ、最悪な事態には変わりない。私も後悔はしたくないんだ」

 それは、ゲルガーさんが良く言っていた言葉だ。「お互いに?」「ああ、そうだね」額を抑えて前髪を掴み上げ、彼は溜息を吐いた。

「ゲルガーさんは、死ぬ間際にお酒が飲みたいって」
「ゲルガーらしいよ、全く」
「わたしは……。わたしは、どうせ叶わないから何も望んでないよ」

 ナナバさんがわたしを見て、目を見開いた。少し前までは、ナナバさんを望んだ。叶わないと知っていても、彼以外要らないと、本気で思っていた。わたしの幸せはナナバさんの隣以外ではありえないと思っていたけれど、結局放棄してしまった。何かを捨てなければ、生きていくには辛すぎる世界だと、わたしは知ることができたから。

「ナナバさんは?」
「……どうだろう、1人じゃないから、これでいい、かな」

 どんなに酷い目にあってもナナバさんを嫌いになれなかったのは、この脆さにある。「1人が怖い」そう言って、誰かと寄り添う彼が痛々しかった。愛とか、そんな一切の感情を抜きして、ナナバさんは温もりを欲しがった。

「わたしでも?」
「ナマエだと尚更ありがたいよ」
「……酷い、人」

 つい今しがた、叶わないから望んでいないと言ったわたしを嘲笑うかのような発言。思わず漏れた本音にナナバさんは笑った。「最後くらい欲しがったって罰は当たらないよ」視界が滲んだ。目の前の炎が淡いオレンジ色をしている。ああ、綺麗だな。そう意識を逸らしてみても、涙は零れていく。もう癖になってしまった、唇に歯を立てる行為。滲む血の味。――何も、捨てられなかったのかなあ。

「ほら、また」

 ナナバさんの乾いた親指が唇を撫でた。「ざらざらしてる」「ここ乾燥してるからね」カチャリ、音がした。立体機動装置が地面に擦れた音。そしてぐっと近づく顔。触れて、離れて。「……悪かった、本当に」額が触れ合う。

「今更ですね」
「ああ、後悔したくないからね」
「……本当にズルイ。ナナバさんは、ズルイ」

 今も、昔も。「私は泣かせてばかりだね」「……はい」「でもその事を後悔していない。寧ろ、幸せだった。――こんな私を見捨てないでくれてありがとう」うるさくしちゃ、駄目だ。みんなが起きちゃうから。なのに嗚咽が漏れる。口元を腕で押さえても、音が出る。

「みんな起きてしまうよ」

 腕を払って、塞がれる。触れるだけでは終わらない。苦しくて、息が吸えなくて、響く音が恥ずかしいのに、止めて欲しくない。これこそみんな起きてしまう。そう思っているのに、幸せが勝る。ゆっくり離れてナナバさんは笑った。「他に望みは?」

「……ないです。もう十分満たされてます」
「そうか、良かった。そろそろゲルガーが戻って来る。交代だ」

 安らかに死ぬ準備は整った。これ以上望むものか。だって、わたしはとても幸せだった。でももしも叶うなら、生きていたい。これからも側にいたいの。ゲルガーさんは呆れるね。きっとわたしを「バカなヤツ」と呼んで、頭を撫でてくれるに違いない。でもね、それでいいんだ。わたしはそれを願っている。そんな日常が幸せだったって、今ならハッキリ言えるから。

「見張り交代してきますね」
「わかった」
「ナナバさん」
「なに?」
「本当に、大好きでした」

 わたしは笑えていただろうか。言葉を失ったナナバさんに背を向けて階段を駆け上がる。夜風が少し、肌寒い。「ゲルガーさん、交代」「おう」「ゲルガーさん、頭撫でてください」月が雲に隠れていて辺りは暗かった。ゲルガーさんの表情はわからない。でも、きっといつもの顔だ。

「お前、オレのこと大好きだろ」
「はい。とっても!」
「……そこはナナバって言うところだバカ」
「照れてるんですか? ゲルガーさん可愛いですね」

 うるさい、と一喝。ペチンと額を叩かれる。「うー」「早く酒飲みてぇな」「駄目な大人だー。新兵のお手本にはなっちゃいけないですね」「オレもお前も、ナナバもな」そうに違いない。彼らには諦めて欲しくない。何かに縋っても欲しくない。死ぬことを前提に幸せを求めて欲しくない。――生かして、あげなきゃ。なんとしてでも。

「じゃあ、頼んだ」

 そう肩を叩いて、ゲルガーさんは去っていく。ああ、どうして。すごく追いかけたい。後ろから抱き着きたい。コツコツ、階段を降りる音がする。コツコツ、コツ、音が近付く……ゲルガーさん?

「私だよ。言わなきゃいけないことがあったんだ」
「ナナバさん? 言わなきゃいけないこと?」

 わたしに? 「あの時……、余裕がなかった。ちゃんと避妊もしなかった。ずっと、後悔していたよ。自分を最低だとも思った。本当に」

 声がだんだんと近づく。ぼんやりと輪郭が見えた。「それは、もう、謝ってもらってます」だから気にしないで下さい、とは言えなかった。そう言えばナナバさんの気持ちも楽になることはわかっているけど、言っちゃいけない。

「でも、何でかな。孕めばいいとも……思ったんだ。可笑しいだろう? すごく、矛盾している。意識を失ったナマエを見て、後悔した。その後悔より嬉しさが込み上げた。本当に酷いヤツだよ、私は。――なのに、どうして嫌ってくれない?」

 それでも好きだと言ってくれるナマエが、眩しかった。

「え……?」
「帰ったら、向き合うことにするよ。現実に。もう、止める。私は1人じゃない。ずっと居てくれるんだろう?」
「嘘、そんなこと……」
「もう悲しませない。約束する。だから――」






 ねえ、神様。人はどうして生まれてくるのかな。幸せを求めて生まれてきたのなら、この世界は少し生きにくかったよ。犠牲にしてはあまりにも多すぎる。でも、その上で生を実感していたのも事実なの。人は愚かだね。だから、こんなに呆気なく死んでいくんだろうか。「約束するって……言ったのに」見上げた空は真っ暗で。せめて星くらいは見たかったな。綺麗なものを見て死にたかった。視界の黒もあっという間に無数の巨人に支配されていく。――ああ、無力だなぁ。わたしたちは、とてもちっぽけだ。愛なんて何も救ってくれなかったよ。ただ、絶望の淵に追い込むだけだった。ナナバさんが人を愛せなかった意味が死を目の前にして、ようやく理解できた。

 ゲルガーさんも、ナナバさんも居ない世界なんて、生きていく価値がないなんて思ってしまうわたしは、やっぱり縋りすぎだろうか。でも、それしかなかったといえば、仕方のないことなのかもしれないね。「幸せ、だったのかなあ」そんな言葉もきっと、巨人の腹に収まってしまったのだろうけど。

(去り際に君が告げたのは世界で一番美しい言葉)





「ずっと側に居て欲しい」なんて言い残して死なないでよ。本当にズルイ人。酷い男。1人で死ねない臆病者。――ねえ、ナナバさん。ほんとうに、大好きだったよ。

(Fin.)→afterword
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