ねえ、おぼえてる? | ナノ



終焉のように君を愛そう

 僕に残された1週間を、君に残された1週間を、2人のために使おう。語り合って、触れ合って、君がいたという事実を決して忘れないように。どうか君が安らかに死ねるように。

 君は笑った。「人を好きになって、死ぬのがもっと怖くなった」そう言って僕に触れた。君は呟いた。「幸せだなあ、って思えたよ」膝を抱え込む君の背中に額をくっつけた。君は僕を見上げた。「生まれ変われるなら、巨人のいない平和な時代で生きたいなあ」そうだね、僕も笑った。幸せに満ちた時間に懺悔を、繰り返した。

 もう、進むべき道は決まっている。壁を破壊して、故郷へ帰ること。それ以外に何もない。もう十分だ。僕はとても、幸せだった。「ベルトルト」ライナーが僕を見る。大きく、頷いた。


――そうして、壁が破壊された。


 次々と、喰われていく。腕を、頭を、足を。引きずられ、踏まれ、折られ、死んでいく。悲鳴と、罵声と、入り混じったその中で必死に君を探した。ほぼ壊滅状態の街。巨人の群。引き起こしたのは、全て僕だ。粘っこく耳に残る耳障りな音が離れていかない。「立って」声が、聞こえた。「いいから、早くッ!」ナマエの声が、聞こえた。

「行くな」
「でもッ」
「……行って、お前はどうする? 助けるのか? 元からその考えはないよな?」
「ない、よ」

 辺りを見回すと右前方、座り込む男にしきりに声をかけている。既に巨人が群がっているのが見えた。ああ、どうして、だって君は生きるって、なのに、どうして、自分を捨ててまで人に手を差し伸べたんだろう。踏み出して、咄嗟に掴まれた腕。「ライナー!」振り返ると、表情を強張らせた彼が首を振った。「あれは、もう、助からない」どうして、涙が出ないのだろう。だって、そうだ。僕はこれを望んでいたんじゃないか。

「……わかってる」
「それなら、いい」

 離された手。走り出す僕。ライナーは何も言わなかった。幾つかの屋根を越え、ガスが残り少ないことを知る。「あなたを持ち上げられないの、だから、立って!」悲鳴のような、罵声のような。「お願いだから……死のうと、しないで」見捨てればいいのに、出来ないのがナマエなんだろう。そんな君だから、僕は恋をしたんだ。僕にはない、その感情の変化の激しいところ。よく笑って、よく泣いて、それから怒る姿も見た。誰よりも僕を憎まなければならない君が、僕を誰より好きだと言ってくれた。――それだけで、幸せだったよ。

 少し、離れたところでカチリ、君と目が合った。僕は、どんな表情を浮かべているのか皆目見当もつかないけれど、きっと情けない顔をしているに違いない。君は僕を見つめて、それから笑った。僕の大好きな、その綺麗な笑顔は瞬時にして泣き顔へと変わる。「死にたく、ないなあ」そう、聞こえた。巨人の手が彼女を襲う。手にしていた刃を振りかざして、巨人の指が削がれた。悲鳴が、上がった。腰の抜かしていた男は、クリストフだ。ナマエと話している姿なんて、一度として見なかったのに。クリストフは悲鳴を上げて、それから後方へと後ずさった。巨人が、1匹、また1匹と向かってくる。男はバタバタと足を動かして、それからアンカーを発射した。どうして、あいつは逃げて、ナマエは死ぬ寸前なのか。その助けた命に価値があるとも思えないのに。それなのにナマエは笑った。――それは、一体、何のため?

 ナマエに群がる巨人。手に収まる、小さな体。ほんの少し前までは、僕に抱えられて笑っていたのに。泣きながら、君は身を捩っていた。パキリ、音がして、吐き出される血。歪む表情。だけど君は僕から視線を外そうとしない。「――ねえ、おぼえてる?」動く口元。ナマエは泣きじゃくりながら血を流していた。

 どうして、この光景を突っ立って見ているんだろう? ――だって、これは僕が望んだことじゃないか。疑問をしきりに打ち消して、曖昧に笑ってみせた。覚えてるよ。君のことなら全部、覚えてる。装置が取り出せなかったこと。訓練で泣きながら肉を削いでいたこと。強くなりたいと言ったこと。雨の中で僕に抱き着いたこと。ジャンとケンカしたこと。僕を、すきだと言ってくれたこと。また、告白してくれると小指を差し出したこと。――ああ、これ以上は、もう駄目だ。決意が、揺らぐから。「それじゃあ」踵を返すその後ろで骨の砕ける音がした。溢れた涙を何度も拭って、僕は足を速めた。

Alles würde sich verändern(全ては変わっていくから)







 しきりに跳ねる君をみた。どうやら上まで届かないのだろう。「僕、やろうか?」そう後ろから声をかけると、驚いたように振り返った。彼女は笑った。「ありがとう。助かる」とても綺麗な笑顔に、なぜか懐かしさが込み上げてきた。手渡された黒板消し、腕を伸ばしきらなくても消せる文字。ハラハラと落ちていくチョークの粉。「ほんとうに、おっきいね」僕を見上げ、目を細める。ああ、なんか前にもこんなことなかったかな。それともデジャブか。沸々と込み上げるこの気持ちの名前を僕はまだ知らない。

(Fin.)→afterword
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テーマ「人外ファンタジー」
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