ねえ、おぼえてる? | ナノ



 ――じゃあ、約束だよ。

 首を傾げ、小指を差し出す君に狼狽えていると、僕の手をそっと取った。絡めとられた小指、聞いたことのない歌を歌いながらリズムにのる。後で聞いたら、約束するときは必ずこうするんだそうだ。いつもより幼い声。つい、下方に見える頭を撫でたくなるのを必死に堪えた。守ることをできない約束をして、僕はなんて薄情なんだろう。でも君が笑ってくれるなら、どんな嘘でもつこうと思った。君が死ぬ、その時まで。


その目がいつか見るであろう絶望に

 どうやって、帰って来たのか思い出せない。いつの間にか部屋にいて、自分のベッドに寝転がっていた。目を瞑ると彼女の声が聞こえる気がして、慌てて天井を仰いだ。次第にがやがやしだす廊下。部屋の扉が開いて、続々と同期が入ってくる。あ、来た。ギシギシと梯子が鳴って、顔を出したのはライナーだった。眉を顰め、僕を見ると開口一番、「やめとけ」そう言った。

「後悔、しないか?」

 いつも、思うことがある。僕には意思がない。ライナーが「やろう」と言えば、やるし「駄目だ」と言えば、止める。ライナーが僕の全てだ。そうやって生きてきた。そしてそれが間違っているとも思わない。だから、そう彼が、そう言うのなら、「なあ、ベルトルトいるかー?」下からの声に身を乗り出すと、そこにはコニーがいた。

「オレ、バカだけどさ、ナマエが言ってることくらい理解できてんだ。アイツはジャンと知り合いだった。んで、よくわかんねーけど、知らないふりしてたんだよな?」
「……それは、僕よりジャンに聞いて」
「ナマエはベルトルトが好きで、んで、お前も好きなんだよな?」
「……え?」

 コニーが首を傾げる。「違う、のか?」どうして、それを。でも、なんで。ここで気付いたことがある。僕の気持ちがコニーに知られているなら、ここにいる全員がそう思っているに違いない。「えっと、よく、わからないんだ」曖昧に答えると、興味本位なのか周りからの視線が痛い。

「だめだ、やめとけ」
「なんで、そこでライナーが出てくんだよ? 関係ないだろ」
「オレは、ベルトルトに傷ついてもらいたくないだけだ」
「なんでだよ、両想いなんだろ!」

 僕を置いて、ライナーとコニーが言い合う。口を挟む気など最初からない。

「オレ、いっつも不思議だったんだ。アイツ人と関わらないし、声かけても一線置いてるようなかんじで、正直苦手だった。でもよー、あんな話聞かされたら、そう思ってた自分が本当にバカだと思った。アイツは誰よりもわかってんだよな、巨人のこととか。そりゃあ、シガンシナ出身のエレンとかアルミンだって、すげえ体験してきたんだと思う。でもアイツはそれを1人で耐えて、耐えて、そんで、えっと、なんていうか、さ……、ようやく生きようって希望がベルトルトなんだろ」

 コニーが懸命に紡いだ言葉が胸に痛いのはどうしてだろう。いつもこんなこと、言わないのに。どうして、急に。

「え、違う? やっぱり、なんかズレてる?」
「――こんな状況下で恋愛なんかしない方がいい」
「それはお前の考えだろ。なんでベルトルトに押し付けんだよ。つーかお前も何か言え」

 気持ちが、揺れる。僕は何のために此処にいる?――ライナーとアニと故郷に帰るためだ。それを実現させる為に何をした?――壁を、破壊した。その時、他人のことを考えた? ――いいや、何も。

――あの時、君に出会っていたら、こんな思いをせずに君を単純に愛せていたのだろうか。

「おい、なんで、泣いてんだよ……」
「ベルトルト」

 苦しい。ただただ辛い。それ以外に言葉が見つからない。膝に顔を埋めると、嗚咽がもっと酷くなった。だって、そうだ。こんな世界にしたのは僕で、誰かを愛そうなんてそんな資格があるはずもない。僕がナマエを好きでいい訳なんかないし、僕がその壁を壊した巨人だと知って、誰が愛してくれるだろう。だって、知らないじゃないか。僕を、僕の事を何ひとつ、理解なんかしていない。そんな子に好きだという思いを抱くこと自体が大きな間違いで、ライナーが駄目だといったらもうそれは、駄目なんだろう。

「僕に、人を好きになる資格なんて、ないんだ」

 これで終わりにしよう。僕が「好きじゃない」そう言えば、ナマエはもう関わらない。どうせ、あと1週間もすればこの訓練も終わる。僕は憲兵団に行って、君は他のところだろう。ここの壁を破壊する日はもう目前に迫っていて、ナマエが生き抜ける保障なんてどこにもない。

「お前、オレよりバカになったのかよ! 資格ってなんだ? 検定でもあんのか?」
「コニー、もうやめてくれ。ベルトルトだって苦しい思いをしているんだ」
「ふざけんなよ、ライナー! ベルトルト! オレは、あの一瞬でアイツがすげー好きだと思った。バカだからな! で、その次の瞬間に失恋してんだぞ! お前、すっげー幸せもんじゃねーかよ。ふざけんな、畜生」

 そう言い残して部屋から飛び出したコニー。少しの間の沈黙と、それから「やっぱバカだな」そんな言葉と笑い声が行き交う。「ライナー……」小さく、名前を呼んでみると困ったような、それでいて泣きそうな彼が僕を見る。

「幸せ、なのかな。それとも……」
「オレ達にはわからないさ。一生な」

 許されるなら、君をずっと見ていたかった。一緒に笑って、抱きしめ合って、それが永遠なのかは知らない。いつか別れがくることがあっても、その一瞬を感じてみたかった。もしも僕が巨人じゃなくて、そしてこの世界が平和だったなら、君を愛する喜びも、愛される喜びも素直に受け止めて、生きていくことができたのに。その道は最初から用意なんてされていないみたいだ。

 翌日、「僕は、ずっと友達でいたい」そう、嘘をついた。ナマエは目を見開いて、それから笑った。「そっか。……そう、だよね」どうして笑えるんだろう。君はいつも、綺麗に笑ってみせる。

「じゃあ、1つ約束しても、いい?」
「約束?」
「わたしの中のけじめ。迷惑、かな?」

 僕が首を横に振ると「よかった」と息をつく。「もしも巨人が絶滅して、その時にわたしが生きていたら、また告白してもいいですか?」――時間が、止まったような気がした。それでも僕を好きだと言ってくれる? どうして、なんで……。だって、そんな約束守れるはずがないのに。巨人が絶滅する時は、僕がいるはずもないのに、ただひたすら頷き続けた。もう、これ以上、悲しませたくないんだ。僕はいくら傷ついても構わない。だから、お願いだから、その分幸せになって欲しいのに。「だから、わたしも死なないから、ベルトルトも、死なないで」必死に涙を堪えて「うん」そう、言った。君は、笑った。

 叶うはずもない願いと、破ることしかできない約束に、君の笑顔のためだけに、小指を差し出した。

ich krieg dich nich aus meinem kopf(君を頭から追い出せない)

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