ねえ、おぼえてる? | ナノ



――人を好きになって、死ぬことがもっと怖くなった。

 息を呑んだ僕に、君は笑った。いつも思う。とても綺麗に笑える子なんだって。ふいに近づく距離、伸びる手。手のひらを包む両手がとても暖かい。ああ、幸せだ。そして、残酷だ。僕は、何かを間違えているだろうか。人を単純に愛せない世界を作ったのは自分なんだろうか。その笑顔が消える日が近づくと思うと、体が震えるんだ。誰か、助けてよ。


殺せもしないナイフだけ持って

 あの雨の日以来、目が合ってもすぐ逸らされてしまう。声をかけたいのに、でも何を話せばいいのかわからなくて。ならいっその事、このままでいた方がいいのかもしれないと思った。近づけば近づくほど、好きだという気持ちに蓋をできなくなる。どうして思いは積もる一方で、消えてはくれないのだろう。忘れようとすればするほど、脳裏に過る笑顔が離れていかない。

「ベルトルト、大丈夫か?」
「……え、何が?」
「あんま思い詰めんな。余計なことを考えなくてもいい」

 ライナーはきっと、勘違いをしている。僕が壁を破壊することに対して悩んでいると、そう思ったんだろう。「そう、だね」ゆっくり頷いて見せると、安心したのか笑う。違う。そんなんじゃないんだ。僕は壁を壊せる。それは僕の役目だともわかっている。例えばそれで、ナマエが死んでも、僕は進める。……のだろうか。君以外の命は惜しくない。だけど、僕の為に死んで欲しいとも思う。勝手な思考。こんな自分が、嫌になる。

――パンッ

 乾いた音が食堂に響いた。驚いて辺りを見回せば、茫然と立ち竦んだジャンの姿が見える。左頬に添えられた手、「……ってえ」小さな呟きが聞こえた。その前に今にも泣きだしそうなナマエが見えて、目を見開く。何が、起きたのかわからない。

「何すんだよ!」
「さっき、何て言った?」
「はァ? ふざけんな、謝れ」
「ジャン、何て、言ったの?」

 状況が把握できない。近くにいたマルコが「ナマエ、落ち着いて」と間に立つ。「邪魔。退けて」「退くから、落ち着こう? 離れて、ほら」マルコの手が置かれた肩が上がって、大きく落ちた。「……ごめん」少し、落ち着いたんだろう。半歩下がると、マルコが息を吐く。

「ジャンもあれは酷いよ。どうしてそんなこと言った?」
「……関係ねぇだろ」
「今までずっと他人行儀貫いてきて、今更なに? わたし怒らせてどうしたいの?」
「みんな思ってんだよ! お前なんか辞めっちまえってな」

 隣の席に座っていたライナーが立ち上がる。「ジャン、どうしたんだよ。急にナマエに突っかかって」「うるせぇ。だいたい泣きながらやるくらいなら辞めればいい。向いてねえんだよ」そっぽを向いて吐き捨てるように言った言葉に、思わず僕も立ち上がる。ガタンと大きな音がして、椅子が倒れた。一気に意識がコチラへ向かう。一瞬、ナマエと目が合って、また逸らされた。

「何度も死んでるのに、」
「ナマエ」

 つい、名前を呼ぶ。はらりと黒い髪の毛が揺れて、僕を見上げる。「なに?」いつもの声、少し目を見開いてそれから伏せると、涙が頬を伝った。「ジャンに、初日無視されて、このまま1人で生きようって思った。訓練では想像の中で何度も、死んだ」「――ッ、それは!」ナマエがジャンの袖を掴む様子を見ながら、初めて気付いた。2人は知り合いだったんだ。

「たまたまシガンシナにいった日が、巨人に壁を破壊された日だったよ。わたしを逃がすためにおかあさんも、みんなも喰われていったけど。トロスト区出身だって、誰も聞いちゃくれないの。ずっと、1人ぼっちだよ。だから、ジャンに会えたの、嬉しかったッ、のに」
「ナマエ、やめろ」
「また、1人で、ああいいやって。どうせ死ぬんだからって。いくつもの死に方考えて、その時に誰も悲しんでくれないんじゃないかと思いながら肉を削ぐ。でもいいや、おかあさんのとこに帰れるならって。……なのに、死にたくないって思う理由ができて、わからなくなった」

 何も、言い出せない。ライナーもマルコも、周りのみんなも。1人として、止めることが出来なかった。ただひたすらに涙を流しながら話すその内容は、聞くに堪えない。そう、なんだ。君はシガンシナ区に居たんだ。じゃあ、これも全て、僕のせいだ。

「最初は見てるだけで、よかったのに……。優しく、されたら、欲が出た。もう、ほんとに、嫌になっちゃう。どうして、死にたがってるのに、優しくするの」

――ベルトルト。思わず目を見開く。それは、どういうことだろう? 懸命に考えても一向に答えに辿り着けないのは、ありえないと真っ向から否定しているせいなのか。あの時と同じ、背を向けて走り去る姿。待って、それって、一体……。

「お前が、行け」
「え?」
「オレは後でアイツと話す。だから、今はベルトルトが行け」

 ジャンが僕の背を叩いて、それから踵を返す。僕が足を踏み出せば、かちりと合うライナーの目。困惑した表情、きっと僕もいまそんな顔をしている。急いで出入り口を抜けた。薄暗い外の景色、淡く光る月、辺りに人影はない。――寮、か。なら急がないと。女子寮に僕は入れない。地面を蹴る度に、息が上がる。……ああ、やっぱりそうだ。

「ナマエ、待って!」

 声をかけるとナマエは足を速めた。きっと辿り着くより、僕が追いつく方が早いのはわかっている。それなのに、彼女は走った。よろっと足を縺れさせるので、慌てて手を伸ばす。ぐっと腕を掴めば、ナマエは顔を背けて言うのだ。「……ごめん」何に? 僕に対して? 息を大きく吸って、吐けば、いつも通りの呼吸に戻る。

「別に、ベルトルトのせい、とかそうじゃなくて、あの……」

 聞いちゃ、駄目だ。そしたら僕は気持ちを抑えられなくなる。だから、「すきに、なっちゃったの。いつからかなんて、知らなッ、でも、えっと、あのね」今、すきだって、僕を? そんな幸せがあっていいのだろうか。こんな不幸があるんだろうか。

 僕が好きになった子が、僕を好きだと言ってくれる。そして、その僕は君のおかあさんを死なせてしまった元凶なんだよ。「……ありがとう」無意識のうちに涙が出た。情けない。好きな子の前で泣くなんて、本当に。「ベルトルト……?」不安げに僕を見つめる君。目元を強く擦っても、溢れていく。「もう、わからないよ」口から出た言葉。突飛なその発言に首を傾げたナマエは、やっぱりとても綺麗だった。

Das kann nicht sein.(そんなことありえないのにね)

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -