ねえ、おぼえてる? | ナノ



――幸せなだあ、って思えたよ。

 膝を抱えて、いつもよりも更に小さく丸まった体。僕はしゃがんで、その肩に腕をもたれた。彼女の体ごと抱え込むと、額を背中にくっつける。僕も幸せなんだ。だけど、これは永遠じゃない。壊すのは、いつだって僕だ。俯いて涙を堪えた。どうして、君と出会ってしまったんだろう。あの時、死んでいてくれたら。そう望んだ僕の心はあの時より一層歪んでいる。


さようならと言えること、
それが幸せなのだと思った


 彼女を目で追う日が多くなった。彼女と話す日が多くなった。――彼女を好きだという気持ちが募っていった。その分、後悔ばかりで。ナマエを知らなければ良かったのに。そうしたら、『故郷に帰る』その気持ちだけを胸に日々を送れていたのに。要するにこの世界は残酷だった。

「そろそろだねー。ベルトルトは憲兵団だもんね」
「……え、あ、そうだね」

 ナマエは、僕に短剣を手渡した。「ベルトルトを倒せたら、ちょっとくらいは怖くなくなると思うんだよね」ナマエが僕の前で涙を流した日の対人格闘術の訓練で言ったことだった。その日から、何度か手合せをすることが増えた。時折、ライナーやマルコなど比較的背の高い人を相手にしては、惨敗している。「やっぱりアルミン辺りにしとけば……」と泣き言をいう日もあったけれど。

「よし、今日こそは!」

 この日も僕から短剣を奪うことができず、いじける羽目になる。「アニ、すごいなあ。エレンが勝てないんだもん」ぼーっと見つめる先には、アニがエレンを負かせている姿があった。「強く、なりたい。そしたら、帰れるのに……」ポツリ、呟いた言葉に耳を塞ぎたくなった。






 雨が降っていた。強い、雨だった。みんなが急いで隊舎に戻るのに立ち尽くすナマエを見つけた。支給された雨避けも、何度も使えば撥水力が落ちていく。先ほどの訓練で既にぐしゃぐしゃなのに、彼女は動こうとしない。予想はついた。今日も、泣きながらやっていたんだろう。

「ナマエ、風邪ひくよ」

 僕の声にハッと顔を上げて、そのまま抱き着かれた。思いもしなかった状況に慌てることしかできない。「え、何、どうしたの?」裏返った声があまりにも情けない。お腹の辺りの服を掴んだ手に、ぎゅっと力が入った。僕は少しの間迷って、それから意を決して小さな体に腕を回した。

 暫くの間、そうしていた。彼女は何も言わなかったし、僕も何も言わなかった。ただひたすら雨が強くなる。――もう、駄目だ。これ以上は、僕が僕じゃなくなる。肩に手を置き、引き離すと「ごめん」ナマエは謝って、僕に背を向け走り去る。茫然とする他、なかった。ただ、さっきまで驚くほど熱かった体が雨で冷えていく。


 もう少しで、その日はやってくる。壁を破壊する日。ライナーとアニと、故郷へ帰る日。君は僕がその巨人だと知ったら、恐怖で泣きじゃくるんだろうか。潔く、死んでくれるだろうか。その時、僕は悲しむのだろうか。辛いだろうか。考えても答えなんて出てこない。きっと、その日になればわかるんだ。そして、今の自分を心底憎む羽目になる。

 人を好きになるなんて、お前はどこまでも愚かだな。って。


Regentropfen sind meine Tränen(雨粒はわたしの涙)

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