ねえ、おぼえてる? | ナノ



――生まれ変われるなら、巨人のいない平和な時代で生きたいなあ。

 僕を見上げて、彼女は目を細めた。そうだね。と笑うと、君も笑った。もしも、例えば君が死んだとして、今度生まれてくるのならその世界で幸せになって欲しい。僕のいない、世界で。そんな思いを込めて、笑ったんだ。


この想いは誰のものなのか知らない

 


 震える手を抑えつけるようにして、ナマエは座り込んでいた。「立て」教官の声に、体が反応する。僕たちはそれを遠巻きに見ていた。

「どうした、ナマエ・ミョウジ」
「別に、何もありません」
「貴様が立体機動の訓練をまともにやらん理由は」
「……」
「答えろ!」

 ライナーの話は本当だった。彼女は泣きながら、肉を削ぐ。動かない、ただの的に刃を振り落し、泣きながら移動する。奇妙だった。いつかは「普通だ」と言っていたみんなも、それを知って「こういうことか」と納得していたようだった。既に隊を組んで並ばされている僕たちより、少し距離を置いて彼女は崩れるようにして膝をついた。地面と装置が派手な音を立てたので、周りも慌てたように振り返った。微かに震えた手は、いつか僕に向けた小さな手だったけれど、全く違うように感じてしまう。

「あ、あれは動かないけど、怖い、んです」

 震える唇、潤む瞳。ざわめきが一瞬、消えた。「……おい、聞いたか」そんな1人の発言を皮切りに、囁く声が増えていく。僕はただ、その光景を見ていた。

「巨人が、怖い……ッ」
「それを倒すのが貴様等だろう!」
「立ち向かう勇気が、ないんです。大切なッ、人を喰ったアイツ等が憎いけどッ、でも……、でも! ……勝てる気が、しない」
「貴様、そういった境遇が自分だけだと思っているのか? 巨人に親を喰われたヤツ、友人を喰われたヤツ、喰われかけたヤツも此処にはいる。――その思いを忘れず、戦おうとしているヤツもな」

 ぼろぼろと涙を流す姿は、見ていられなかった。ふと、視線を外すとライナーが僕の肩に手を置いた。「オレ達は先に戻っていいそうだ」いつの間にか指揮を任されていたライナーが「帰るぞ」と声を上げれば、一斉に動き出す。僕も足を踏み出した。振り向こうとして、止めたのは、これ以上見ると耐えられないと思ったからだった。

 帰り際、思い出したのはナマエが装置を片付けられないということだった。最近は、近くにいる背の高い女子に頼んでいたのを見かけたが、1人で戻ってくればみんなと会うこともない。いや、僕には関係ないじゃないか。そう考え直して武器庫に入る。「ベルトルト、置いたら行くぞ」「……あー、先行ってて。汚れてるとこあるから、拭いてからいくよ」ライナーは、そうか。とだけ言って居なくなる。僕は箱からウエスを取り出して、拭き始めた。……大した汚れなんて、ないんだけど。結局、気になってしまった。

 それから少し経つと、「……ベルトルト?」とナマエの声がした。顔を上げると、鼻先を赤くしたナマエが見える。「あ、あんま見ないで! 恥ずかしいから!」顔を隠すようにして両手を持っていく。既に手は震えていなかった。少し、下にずらして目を出すと「1人で何してるの?」と問う。

「今日、汚れちゃったから。――もう、終わったよ」
「そ、そうなんだ」

 僕が立ち上がると、「ねえ、目赤いかな?」と聞いてきたから、ぐっと姿勢を低くする。ああ、ほんとうに小さいな。顔を覗き込もうとすると、また手で隠れるので笑った。「それじゃあ、見えないよ」少し俯いて、片手で口元を隠し、上目に僕を見る彼女はとても、可愛く見えて。「……赤い?」そう聞かれ直すまで、ついつい見とれていた。「ッ、まだ、赤いよ」恥ずかしくなって、姿勢を正す。「さいあくだ」そう言いながら、ガチャガチャと音がした。

「……あ」
「はい」
「……えっと、ありがとう。助かった」

 外した装置を強引に受け取ると、ナマエは驚いたような顔をした。そのまま僕のも仕舞い「僕、もう出るけど」と声を掛けると、「あ、わたしも」と慌てて着いてくる。

 聞きたいことは山ほどあった。けれど、その答えはわかりきっていて、結論は僕のせいだ。という考えに辿り着く。これ以上関わりを持ちたくないのに、なぜか体は思考と違うことをする。つい、触れたくなってしまう。この気持ちはなんだろう。考えるのはよそう。僕は知っている。いいや、知らない方がいい。ぐるぐると渦巻く気持ちに蓋をする。

「……日に日に怖くなるんだ」

 沈黙を破ったのはナマエだった。「あの張りぼてが、巨人に見えてくるの。でっかい口が見えてくる。そうすると、そこには血がこびり付いた歯がぎっしりあって、わたしを食べようとする。――そんな、幻覚」息を呑む。彼女は空を見上げた。

「抜け出せないの。ずっと。忘れようとすると夢に見る。憎いし、殺してやりたい。なのに、そんな気持ちも奪っていく巨人が、ほんとうに怖い」

 憎くて、殺したくて、怖いソレは僕だ。「平和だと、思っていたのにね」その言葉は、僕を責めているんだろうか。――ほら、近づけば、こんな思いをするだけなのに。

「ベルトルトはおっきいね。でも、巨人はもっとおっきい。……ベルトルトに敵うはずもないわたしが、巨人に立ち向かえるわけないのに」

 彼女はそう言って、涙を流した。その涙を綺麗だと思った僕は浅はかなんだろうか。どうしよう、どうしてこんな思いになるんだろう。資格なんてないのに、ナマエの頬に指を這わす。大きな瞳が僕を見た。とてもきれいな目だった。「泣いたら、また赤くなるよ」そうして、いつもの笑顔を見せる。「そうだね」――ああ、どうしようもなく好きだ。どうしたらこの気持ちを捨て去ることができるのか、誰か教えてくれないだろうか。

wohin soll ich gehen?(僕はどこへ行けばいいのかな)

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