海の底で夜に触れる

このあたりで一番大きな病院の、最上階の広い部屋。
天祥院英智と書かれたネームプレートを発見し、呼吸を整える。

……蓮巳、だったか。彼が昼休みに私のところに来て英智に会ってほしいと言った。
私は会う理由も何も無いのだが、天祥院が書いたのだろうメモを渡される。

「これを持っていけ。通してくれるだろうから。……お前に言いたいことがあると言っていた。行ってやって欲しい。」

そう言って頭を下げられ、驚いた私は了承してしまったのだ。
……確かに来る途中何人かに止められたが、このメモを見せるとすぐに通してくれた。
振り返ると、私を監視するかのように見る人が何人かいる。
潔く入ってしまおう。コンコン、とノックをし、その扉を開けた。
……太陽の光が反射しキラキラと光る金糸。憂うように伏せられた凪いだ海のような青色の瞳。優れた容姿を持つ彼は正しく天使でアイドルだ。
彼も違った形で出会っていたなら、そう思わざるを得ない。
天祥院はこちらに気づき、手招きをする。

「よく来てくれたね」

私がベッドまで近寄ると、彼は少し起き上がった。
今日は体調がいい方なのか、ふわりと笑いながら椅子を勧めてくる。長居をするつもりはないから断ったが、まあ座ってと強引に座らされてしまった。

「無様だろう?折角来てくれたのに申し訳ないね」

いいえ、と硬い声で返すと、楽にしていいよと彼は笑う。それは到底無理な話だ。私は、彼が恐ろしいから。
私は乾ききった口を開いた。

「御用は何でしょうか」

急いた目だね。天祥院が笑顔を消すと、私の手を握った。少し冷たい手が、天祥院の体調を思わせるようで私は目を伏せた。

「君は、演劇科からプロデュース科に編入してほしい」

は、と息が漏れた。天祥院は何を言っているのだろう。……聞き間違いだろうか。そう思っていると、聞き間違いじゃないよ、と真剣な顔で言われてしまった。

「君の能力を僕は評価しているんだよ、なまえさん。学園のために、力になってくれるかい」

どうやら形だけ聞いているようで、実際は断る隙なんてなかった。威圧感のようなものが、私をつぶそうとしてくる。たらり、と冷や汗が彼の手に落ちた。

「もう一度、チャンスをあげると言っているんだよ。日々樹くんと、仲直りできるチャンスをね。」

私はその言葉を聞いた途端、頭に血が上った。あくまで冷静に、天祥院にこう言っていたような気がする。

「私は日々樹と話すことなんてないし、向こうももう話す気はないよ。仲直り?そもそも仲が良かった記憶なんて、ない」

「それは嘘だね。……なら、どうして泣いているんだい」

ぽたぽたといつの間にか彼の手には涙が落ちていた。自分の力不足が悔しくて、苦しくて。
結局私に頼ってくれなかったのは、私が力不足だったからだ。私は彼を救えなかった。
私は泣き疲れて眠ってしまったらしい。
それでも天祥院は、追い出すようなことをしなかった。
気がつけば、病室から見えるのは夕暮れだった。雪は止んだようだ。

「いい返事を期待しているよ」

私が病室を出る前に天祥院は呟いた。
……もう一度。もう一度だけ。彼のアイドルとしての、ステージを、作り上げたい。
私は彼の言葉に何も返さず、病室を後にした。


海の底で夜に触れる
ーもう一度だけ、水面に上がる覚悟を。

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