恋を忘れようとした星の光

今日が演出提案の締切だ。
最近はアイドル科の演出もするようになってきたからか、睡眠が足りていない。フラフラしながら受けたくもない授業を受け、眠っているところだった。

「最近きな臭いよね、アイドル科」

たまに話すことのあるクラスメイトが話をしている。起きた私の視線には気付かずに、彼女らはペラペラと話し続ける。

「確か……五奇人を倒すぞ〜!的なユニットがばったばったしてるんだっけ?」

「ふぁいん、うーん、ふぃーね?だったかな。天祥院の御曹司がリーダーなんでしょ。名ばかりみたいだけどね。凪砂くんとか、日和くんとかの方が目立ってるし」

「ああ、あのユニットにValkyrieもやられちゃったしね……音響ミス、実は信者がやっちゃったんだって、コッワ……」

「怖いね〜。宗教じゃん最早」

「それやったの普通科かアイドル科か分かんないけどね。五奇人は本当やばいらしいよ……」


「ご、めんなさい。詳しく、聞かせてもらってもいい?」

私は勇気を振り絞って、彼女達に声をかけた。比較的優しく接してくれるクラスメイトが笑う。

「そっ、か、日々樹くんも五奇人の中に入れられてたもんね……なまえさんも気になるよね。うん、大丈夫だよ」

快く教えてくれるという彼女達に頭を下げ、話を聞かせてもらう。
五奇人のこと、ユニットのこと。
私はあんなに近くにいたのに、なんにも、知らなかった。
彼を、アイドルとしてなんて見たことがなかったから。
全てを聞き終わった途端、ボロボロと涙が出てしまった。彼女達の焦る声が聞こえる。
彼女達には申し訳ないけど、止められない。
そんなの、認めるわけにはいかないじゃないか。
彼が、公開処刑のようなことをされてしまうなんて。

私は走り出し、アイドル科の校舎に向かっていく。
中には入れないから、そこでへたり込むしかない。
知らぬうちにボロボロと涙を零す私に、ハンカチが差し出された。

「大丈夫ですか?ええと、演劇科……の人ですよね。たまに、あの、演出して下さってる。僕、青葉つむぎっていいます。もしかして、誰かに会いに来たんですか?」

「あ、あの……」

「あっ、こんなところじゃ聞きにくいですよね、丁度英智くんとも合流出来そうだし……そちらで聞いてもいいでしょうか?」

君なら大丈夫ですよ。そう青葉は笑って中に入れてくれる。きちんと手続きは済ませてくれたらしい。
青葉の言葉に甘えて、ガーデンテラスへ連れて行ってもらう。
そこには、天使かと見紛うような美しいひとがいた。

「つむぎ、遅かったね。英智くんゲージが少し減ってしまったな……おや?その子は確か……」

「ごめんなさい、英智くん。はい、この子演劇科のなまえさんです。たまにドリフェスの演出してもらったりしてますね。」

「……なまえです。ええと、貴方は……」

「珍しい子だね。そうか……僕は、天祥院英智。よろしくね、演出のなまえちゃん」

ぞわり、とした。この人が、fineの。そう思った途端、震えが止まらなくなった。乾ききった口を開く。青葉が心配そうに背中をさすった。

「もう、やめて。おねがいします」

震える声で、必死に頭を下げた。でも。冷ややかな視線が2つ。……青葉までもが、私を冷ややかな目で見ていた。

「……何のことかわからない、とは言わないよ。でもそれは出来ない相談だね。彼らを断罪することは、とうの昔に決まっている」

「か、彼らが何をしたって……!」

「何をしたか?この学院を腐敗させたんです。例を上げましょうか?日々樹くんは、アイドル科なのに演劇科に出入りしてばかり。腐敗の元に他ならないんですよ。斎宮くんだって」

「っ、やめて!」

ぐっ、と耳を塞ごうとした途端、ふわりと薔薇の香りがした。
頭を上げると、そこは知らない場所。ガーデンテラスから、少し離れたところのようだった。

「なまえさん」

そこに居たのは、日々樹だった。

「ひ、びき」

「……貴方は、知らないままでいて欲しかった。でもそれは叶わぬ願いとなってしまった……!嗚呼、私はなんと愚かなのでしょう……!」

一呼吸おいて、日々樹は続ける。

「……さよなら、ですね。なまえさん」

な、んで。その言葉しか発することが出来なかった。彼は、今なんて言ったのだろう。

「元々、あと数日後には言うつもりでした!と言ったら驚いてくれますかね?
……私はもう、貴方に関わらないし、演劇科にも行かない。せいせいするでしょう?」

「待って、なんで……!!」

「貴方を巻き込みたくないからです。貴方は最近ドリフェスの演出までしている!きっと私のステージにも声がかかるでしょう……貴方は素晴らしい才能を持ったひとですから☆」

「関係ない!私は、」

「私に関わるのはやめなさい。私を忘れなさい。貴方は、正義にいるべきです。悪役は悪役らしく、散って差し上げましょう!」

それでは、さようなら。そう言うと何処からか光が出て、彼の姿を見えなくする。
またたく間に、日々樹は消えていた。
……こんな結末、望んでいない。
こんな、別れ。こんな……!
枯れたはずの涙がまた流れ始めた。彼のためにばかり、泣いている気がする。

「ぷか、ぷか……♪」

……目の前の噴水から声がする。はっと顔を上げると、不思議なひとがいた。
噴水から、こちらを見ている。いろいろと言いたいことはあるけれど。

「『だれ』だかわかりませんけど。わたるにはわたるのためにないてくれる『ひと』がいるんですね……♪」

「え、と……」

「ぼくは、ずっと『ひとりぼっち』でした。『ひとりぼっち』は、とても『さみしい』です。わたるも、そうでした。でも、『えんげきか』にいきはじめてから、わたるはわらうようになりました。」

『あなた』のおかげだとおもいますよ……♪と不思議なひとが笑う。

「なきたいなら、ここでなきましょう。『みず』にながしましょう。そして、わたるの『さいご』をみとどけましょう。それがぼくたちにできる、さいごの『はなむけ』なんでしょうから」

私は、彼の言葉で再び顔を覆った。
流したくもない涙が、また水たまりを作った。

ああ、今わかった。きっと私はずっと前から、彼のことが、好きだったんだ。



恋を忘れようとした星の光
ーこれが全て夢だったらと願ったけれど。
全て、現実だった。

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