泣き声は遠くの空に消えました

公演当日。
日々樹がいることや、多く宣伝していることからか客席は満員御礼だった。
自身にメイクを施しながら、声の調子を整える。

「大丈夫。昔とは、違うんだから」

息を吸って、吐いて。
普段の私ではまず着ないだろうきっちりとした軍服のような王子の服。
女の子が夢見る、王子様そのものだ。
……誰かに夢を、与えられるといい。
そう夢に見て目指した演劇が、こんなに大きくなった。
失敗は、出来ない。

コンコン、とドアをノックされる。答えると、今回の衣装を身にまとった日々樹がいた。
……相変わらず、女装しても似合うな。

「ふふふ、どうでしょうか!王子より姫の方が大きいというのも不思議な感じが致しますが!」

「うん、大丈夫。……美しいね」

豪快に笑わなければ美人、いや女神?そのものだ。
……今回の劇は、大衆向けの人魚姫。多少アレンジを加え、女装も男装もしているけれど。
少し歪をコンセプトとし、これを作り上げた。

「行こっか」

笑顔で彼に向かう。彼も嬉しそうに笑った。

ブザーが鳴る。幕が上がる。
順調に劇が続いていく。
人々の視線を釘付けにし、翻弄する。
それが出来るのが彼だ。
くるりくるりと表情を変え、仮面を付ける。

「何百年の寿命なんていらないわ!そのかわり、たった一日でも人間になれて、死んだあとで、彼と同じ世界へのぼるしあわせをわけてもらえるなら!」

声を高らかに響かせ、悲痛な表情を見せる。
観客は世界に引きずり込まれ、驚嘆し、唖然とする。

……いよいよ、私がセリフをいう番。
周囲の視線が一気に、私に向かう。
違う、やめて。
私は、ただ。

あの時の光景を思い出して、

「……っ!」

声が、出なくなった。

いつまでも王子が声を発さないまま数秒。
不審に思った客席がざわりとした。
まずい、おねがい。声、出て、!
ぐっと声を出そうとしても出ない。
もうだめだ。ごめんね、日々樹。
涙がぽとり、と落ちそうになった時だった。

「おや、美しいお嬢さんですね!お名前を伺っても?」

……今の、声は。
顔を上げると、日々樹がぱちりとウインクをした。
日々樹は今、声が出せないのではなかったか。
首をふるふるとふり、声が出せないことをアピールしている。
……腹話術だろうか?

「あなたは、声が出せないのですね……」

そのまま演技をしてください、小声でそう言われ、口パクで演技をする。
……すごい、としか言えない。
彼にしかできない、芸当だった。

劇は終盤に差し掛かっていく。
きらきらと、夢がかがやいていく。
きらびやかな世界と、お客さんの笑顔。
ああ、こういう景色が見たかったんだ。
うっかりほろりと泣いてしまいそうになり、俯く。

「まだまだ終わりませんよ!」

彼が笑顔で薔薇を振りまいていく。
もうすぐカーテンコールだけれど、楽しそうだからいいか。
私は笑って、カーテンコールを待った。



泣き声は遠くの空に消えました
ーそこにはたくさんの笑顔があった


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