美しかったあなたへ

ーーこれは、そうだな。1年くらい前の話かな。
何百年とか、おとぎ話のように昔ではないのだけれど。
私にとっては、今もおとぎ話のようなんだ。
私の、美しい愛しいひとが、不器用だった話。
他人に愛されることを願ったのに、愛されるどころか離れられてしまった彼は。
……私にはいっそう美しく見えたんだ。



「また来てしまいました……☆なまえさん、おはようございます!」

「ああ……うん。おはよう」

彼の周りで薔薇でも舞っているかのような錯覚。朝からきらきらと周りを輝かせながら登場した彼ーー日々樹は。
学園内では『五奇人』などという括りで呼ばれる数多の生徒の中でも逸脱した……アイドル科の、生徒である。

「アイドル科には行かなくていいの」

普段から愛想のない私は彼に圧倒されてばかりだ。特にテンションの高い人にはついていけない部分も多い。低血圧の私には朝からこのテンションは辛く、頭を抱えてしまう。

「ご心配なく。抜け出してきました……☆」

おやまあ大丈夫ですか、ワン、ツー、スリー!と言いながら制服から鳩を出すのはやめて欲しい。抜け出してきました……というのも是非やめて欲しい。私は問題に関わりたくはないのだ。
自分でいうのもなんだが、私は舞台の演出に感しては評価は高いので、任されることも多いのだが……愛想のない演技指導や容赦のないこだわりなどで心の折れる生徒が多い。それ故にかなり問題児扱いされているのに。

「今話しかけないで。……はぁ……頭痛い……」

大半の生徒の心が折れる理由は、私の口の悪さと手を抜かないところだ。先生にも指導される部分だが、これが私だからどうしようもないと思う。
なのに、日々樹は物好きで私の指導を聞きたいとほぼ毎日のようにやってくる。不思議なやつだ。
でも頭が痛いのは、今日の実習が嫌なやつと当たるからだ。……7割は日々樹のせいかもしれないが。

「おやぁ?……今日は本当に辛そうですね。私が運んで差し上げましょう……!!」

ひょい、と私を軽く持ち上げ、校舎に入っていく。彼の長い髪が、朝日に照らされて……
ざわりざわりと心が揺れ、ぽんぽんとアイデアが出てくる。
私は器用にもカバンからメモを取り出した。

「……なまえさんには驚かされてばかりですねえ」

一心不乱にメモを書き始めた私を見てか、立ち止まってくれる。日々樹はまるで愛しい人を見つめるかのように、眩しそうに私を見ていたのだが、当の私はその視線に気がついていなかった。

……彼の世界に触れてみたい。
そう思ったのは出会ってすぐだった。
本来いるはずの無い、アイドル科の制服を着たどこか虚ろな目をした彼。
彼の目を、輝かせてみたいと思ってしまった。
彼の魅力を、私が引き出したいと感じてしまった。
……彼は道化だ。脚本がなければ踊れないピエロそのものだ。
ならば私が彼を。『物語の主役』にしたいと。そう思ったのだ。



美しかったあなたへ
ー今となっては過去だけれど、彼と彼女は双方を美しいひとだと感じていた。


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