ありったけの愛だけもって、君の手を引いて

今日はわたしの誕生日だ。1人暮らしのわたしには誕生日を共に過ごす人はいないけれど、海外にいる両親からは毎年花束とわたしの好きなアールグレイが送られてくる。1人でケーキを買って、家でケーキを咀嚼する。寂しいといえば寂しいが、特に何も思わない。当たり前だったから。ああ、でも小学生の時は松岡くんが海に連れていってくれてたりしたなあ。それを橘くんに言えば、吃驚していた。

「お疲れ様です、」

最近できた水泳部のマネージャーをしているわたしは、後輩の江ちゃんと皆にタオルを渡していた。もう部活は終了時間である。皆は何故かそわそわしてわたしと目を合わせようとしなかった。

「名前先輩、えっと、私先に帰りますね!」

江ちゃんが慌てたように荷物をまとめ始めると、皆も口々に帰らなきゃ、帰らないとといい始めた。なんなんだろう。まぁ週末だし、ゆっくりすごしたいんだろうか。

「名前先輩は、ゆーっくり、してね!」

葉月くんの言った意味が分からない。竜ヶ崎くんがわざとらしいです!と小さく声をあげた。むっ、ちょっとわたしがふくれると七瀬くんが、

「気にするな」

と言ってロッカーを閉めた。


部室を施錠し、鍵を返してゆっくりと帰路につく。夕焼けが綺麗。そこに何故か橘くんがいて思わず目を見開いた。

「名前ちゃん、行こうか」

行くって、どこに。そう呟いたわたしの声は無視されて、手を繋いで橘くんは先を進んでいく。見えてきたのは、

「七瀬くんの、家?」

橘くんはなんの躊躇もなく玄関の扉を開ける。来たよ、そう奥に声をかけると3人分の足音が聞こえてきた。

「名前ちゃん、誕生日おめでとう!」
「名字先輩、お誕生日おめでとうございます!」
「名前先輩、誕生日おめでとうございます!」

声を揃えて3人が言うものだから笑ってしまった。笑わないでください!竜ヶ崎くんが言う。これを笑わずしてなんとする。隣から頭をぽんぽんと叩かれる。

「名前ちゃん、お誕生日おめでとう」

橘くんが目を細めてこちらを見ていた。奥から七瀬くんが見える。

「早く上がれ。鯖もある。……名前、誕生日おめでとう」

鯖の情報はいらなかったけど、皆の心使いがとても嬉しかった。

「皆、ありがとう。」

わたしは笑顔でそれに答えた。



週末といえども学生、わたしは今度こそゆっくり帰路につく。駅につくと、予想外の人が立っていた。

「松岡くん」

松岡くんはわたしに気がついて、ちょっとだけ目を細めた。遅え、と呟いた。なんでここに、と問うと、江から連絡が入った、と言った。

「早く行くぞ」

松岡くんは、わたしの手を引いて歩き始めた。本日二度目の行くって、どこに。である。しかし松岡くんに何を言おうと駄目なのは知っている。もう夜は更けきっていた。

「わあっ、」

ざぁ、ざざぁと音を立てる波。そう、ここはかつて小学生の時に松岡くんと訪れた海だった。二人とも成長している。ふいに、ここで交わした約束を思い出した。

「松岡く、」

気がついたら、松岡くんに抱き締められていた。後ろからであるから、顔は見えない。

「約束、覚えてるか」

うん、そう言うと松岡くんは抱き締める力を強めた。暖かい。

『もし、おれがオリンピックの選手になれたら』

『なれたら?』

『なれたら、俺と……………』

鮮明に思い出せる、あの日のこと。松岡くんは、あの日の言葉の続きを紡いだ。

「結婚してくれ、か」

一気に顔が赤くなった気がした。いとおしそうにわたしの頬を撫でる松岡くんは、いつだってロマンチストだ。

「名前、生まれてきてくれてありがとう。もう少しだけ、待っててくれ」

そう言っておでこにキスをする松岡くんのこと、やっぱり好きなんだなと思った。




ありったけの愛だけもって、
君の手を引いて

title.誰そ彼




わたしおたおめ!まこちゃんにもってかれるかと思った\(^o^)/
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