傷だらけのばいばい、振り返って密葬



あの馬鹿がいなくなった。

小さいころから伊予の海の近くで育った幼馴染みだった。幼くして両親を亡くした私を養ってくれたのは原田家だった。喧嘩ばかりして、泣かされて、泣かせて育った私たちは、町の誰より強かった。

もとより短気な奴だとは思っていた。だけど若党を勤めている際に武士と喧嘩して腹を斬ったと聞かされた時は驚いたし、少し泣いたりもした。
生きていて良かったと、そう思っていた。


起きたら一緒に酒を飲もうと言うつもりだった。
久し振りに隣で寝ていた。
赤い髪を見つめていたはずだ。
左之助も頭を撫でてくれていたはずだった。

「名前、…き………よ…」

何を言っていたかは思い出せない。


左之助は、文を残して居なくなっていた。


気づいたら泣き叫んでいた。年頃の娘がはしたないと思われてもよかった。文にはただ一言、名前が好きだったと書かれていた。

「誰がそんなん信じるかー!!!」

返事をしたいのに会えない、同じ気持ちだと伝えたいのにいない。

「なんで……おらんのよ………馬鹿……」

海は何も語らない。波の音だけがあたりに響いていた。


ぐずぐずしていられない。必要なものを風呂敷に詰めていく。良かった、お金を貯めておいて。直ぐに出発しよう。この土地を守ってきた父様と母様には悪いけれど。

『名前、名前、』

「…っ」

砂浜に、彼の赤い髪がさらさらと揺れる幻影を見た。恋しい。左之助に会いたい。

………もうきっと、伊予には戻れない。ざくざく、と砂浜を進んで、不意に思い付いたことをやってみる。

腰に差していた小太刀を抜いて、髪に当てる。そのまますっと引いて髪を切った。ちょっと不恰好だが、まあいいか。切った髪の毛がさらさらと揺れる。

『おれ、名前の髪好きだなー!』

『わたしもさのの髪好きー!』

切り落とした髪の毛は結い紐で括って海に流した。思い出も、伊予の海に置いていく。

「あんたが直接言わへんから、髪切ってもうたよ」


もう振り返らない。私は、左之助に会いに行くんだ。






天下の色男、左之さんでした!

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