沢田さん家の長女さん! | ナノ

沢田さん家の長女さん!

長女さんの遠い過去:その6
気絶した男を担いだガナッシュが戻ってきたため、オッタビオは二人を連れて本部へと向かった。本来ならば怪我をした二人の内のどちらか、あるいはその両方を抱えて歩くべきなのだが、どちらかのみを抱えようとすれば逃げるし、かといって、頭脳労働中心の青年に合計40kgほどの子供二人を持ち上げるような腕力はない。

そんな訳で仕方なしに青年は二人の手を引いて歩いていた。いや、正確には少年は彼女と手をつなぎ、彼女だけが青年と手を繋いでいる。不在だったオッタビオにはそれまで仲が悪かった二人がどうして仲良くなっているのかは分からないが、吊り橋効果のようなものだろうか、と考えてそれ以上を深く考えないようにした。

でなければ心底楽しそうに少女にちょっかいを出す御曹司の図を見ることになってしまう。彼女が嫌がっているのならともかく、ちょっかいを出されている側も満更でもない様子なので、余計な手は出さないに限るだろう。さしものオッタビオも馬に蹴られたいとは考えていない。

あのいがみ合いから数時間で、ほっぺたをつっつき合う関係になるなどと誰が想像できようか。それもただの子供ではない。かたや氏名不明住所不明の訳アリ少女。かたや次世代のボンゴレを背負って立つ御曹司。しかも御曹司の方はかなり気難しいときている。一体あの庭師に追い掛け回されている間に何があったのか。青年は庭師に事情を聞くのが非常に憂鬱であった。

確かに仲良くしろとは思っていた。だが、いちゃつけとは言っていない。内心で青年はぼやいた。

*

医務室で少女の手当てを見ながら、少年は目を伏せる。傷を見た医者はオッタビオと同じように険しい顔になった。おそらく痕が残ってしまうのは避けられない未来なのだ。これから年頃を迎えるこの少女に傷が残ってしまうことは大変な痛手だろう。そう考えた時、ふと彼の脳裏に沢田家光という男が言っていたことが蘇った。そして、少女に対する不安のようなもの。少年は思いついたことをオッタビオに伝える。

「なあオッタビオ。こいつ、ジャッポネーゼなんだろ」
「ええ、そうですね」
「家光と同じ故郷なんだな」

治療を受けている彼女は家光というワードに僅かに反応を示したが、二人は気づかない。何を言い出すのか戦々恐々としているオッタビオに構わず少年は更に言い募る。

「ジャッポーネでは傷物にした女とは結婚する決まりなんだろ?オレはアイツと結婚する」
「はぁ!?」

オッタビオは驚きのあまり大声を上げる。少年は傷物の意味を文字通りに捉えていた。即ち、身体に傷を追った女性のことだと。2/3以上は自分のせいではないとはいえ、女性の顔に傷をつけてしまった。彼なりに責任は感じていたのだ。

引きつるオッタビオの顔を至極真剣な顔で見る少年に、青年は思わずため息をついた。そして諭すように言う。もちろん傷物の本来の意味は言わない。まだ彼には早いことだった。

「結婚相手を決めるには少し、いえ、かなり早すぎるのではないでしょうか」
「オレと同い歳でもう許嫁がいるやつもいる」
「まあ、そうですが……」
「じゃあいいだろ」

この流れは短い付き合いでも分かる。こっちが言っても聞かないやつだ。オッタビオは溜息をつく。聞き耳を立てていた医者も思わず苦笑していた。ただ一人、話の流れが何一つ分かっていない少女は、それでも何かを感じるのか頻繁に少年と青年の顔を見比べていた。

*

「二人共生きていてよかったよ」
「本当に申し訳ありません」
「いや、もう済んだことだ。この先このようなことがないように」
「寛大な処置に感謝します」

治療とシャワーと着替えを終えた少年少女を連れて九代目の執務室で会話するオッタビオと9代目。会話が分からない子どもたちはそれを気にする風もなく二人で遊んでいる。9代目はそれをちらりと見て微笑んだ。そして敵が排除された今の懸案を切り出す。

「うむ。それで、XANXUSは彼女と結婚したいと」

少女と少年は最初に9代目の執務室にやってきたときとは打って変わってソファに隣同士で腰掛けていた。オッタビオは頭痛をこらえながら二人にはわからない言語で話す。

「ええ、ですが彼女は」
「この時代においてはまだ母親の胎内にさえいない」
「そうです!そんな彼女と婚約など」

9代目はすっと片手を軽く挙げ、オッタビオを制止する。そして9代目は、少年の前まで歩いていき、一介の父親として彼と視線を合わせた。少年は父親の目をまっすぐに見据えた。

「なんだよ?」
「XANXUS。結婚したいと思ったのは何故じゃ?顔の傷だけを理由にして結婚したいというのならば、やめなさい。それは彼女を買いかぶることになる」

沈黙が降りた。少女は黙り込んでしまった彼を心配げに見上げる。少年はそっと少女の頭を撫でた。彼女はくすぐったそうに身をよじった。

「最初はチビで気弱なガキだと思ってた。でも、コイツは、身体じゃない別の場所が強いんだ。だから、自分よりも身体の大きい相手でも、怯みはしても絶対に諦めない」
「聞いたよ。元庭師の彼に石を投げたそうだね」

少年は頷いた。

「多分誰かが見てないとコイツは、無茶をする。今回は、なんとか助かった。でも次はそうとは限らない。だから……」
「結婚して一緒にいようと?」
「守りたいんだ」

心の底からそう思っている少年を見て、9代目は軽く目を瞠った。オッタビオと9代目の知る限り、この少年は誰かを守りたいなどという質ではなかった。その彼の、精神的な変化に二人は驚いた。ただ、9代目には一つの懸念があった。この熱病のような感情は彼らが結婚できるようになる頃には静まってしまう可能性が否定しきれなかった。なにせ10年の生きる時代の隔たりがある。その隔たりが二人を別つことは十二分に考えられることであった。

「彼女を娶る意味は分かっているかい?結婚すれば彼女の将来を背負うことになる。そう簡単に投げ出すことは許されることではない。文字通り一生を共に過ごす者になるのだから」

少年は無言で頷いた。いつもどこか退屈そうな顔をしている彼が、真剣そのものの表情でいることは青年を少なからず驚かせた。男性は微笑んだ。今はきっと大丈夫だろう。

「ふむ。しかし、結婚の約束をするには今は早い。あと、そうじゃな……お前が26になるくらいでやっと丁度いいかの」
「長過ぎる」
「待ちなさい。なに、お前もこの子もやることは多い。20年弱などあっという間だよ」
「そんなに待てない」
「だがね、自分の人生と他人の人生を一緒に背負うのは容易ではない。この子ならおそらく自力で立つじゃろうが、それでも人生に惑う時が来る。そのときに手を取ってやるんじゃ」

オッタビオは二人の将来を想像した。XANXUSは26歳になっている。おそらく立派な10代目候補として、もしかしたら10代目としてボンゴレを率いているかもしれない。だが、少女はまだたったの16歳だ。20年待ってもまだ早いと青年は考えていた。ジャッポネーゼの16歳といえばまだ高校生だ。いくら結婚可能な年齢とはいえ、青春真っ只中は厳しかろう。しかし、これ以上長い時間は彼を挫けさせてしまうかもしれなかった。

「……わかった。オレはコイツと結婚するにふさわしい男になればいいんだな」
「そうじゃな。このあとで、二人共遊んでいなさい」
「わかった」

少年はしっかりと頷いた。

「XANXUSの意思は確認した。となると次は彼女の意思じゃの」

その言葉に青年は少女をみる。彼女は少年に抱え込まれてじっとしていた。その表情は僅かに居心地の悪さを訴えているが、嫌悪の色は伺えない。青年は少女の視線に頭の高さを持っていき、彼女の言葉で話しかけた。

「あの、お嬢様」
「?はい」
「XANXUS様のことは好きですか」

彼女はオッタビオの言葉の意味を理解して羞恥に顔を赤らめた。そしてしばらく恥じらう様子を見せたが、それでも小さく頷いた。これは。青年は少女の意思を正確に読み取り、めまいを堪えながらそれでも精一杯笑んだ。

「彼と一緒にいたいですか?」
「いたい、です。でも、あの、わたし、かえらなくちゃいけないです」
「……そうですね」

青年は9代目をちらりと見上げる。青年は9代目に自分の位置を譲った。交代した彼は青年と同じように彼女に視線を合わせて話しかける。

「君に帰る場所があることは分かった。その上で一つだけお願いしたいことがあるんじゃ」
「はい」
「もし君が大人になっても彼とともにいたいと思えるのなら、彼が君のことを覚えているのなら、XANXUSと、私の息子と、夫婦として一緒に生きてあげてほしい」
「わたしの、おとうさんとおかあさんのような」
「そうじゃ。君のご両親のような夫婦だ」

少女はその言葉に目を瞬かせた。青年はまだまだ幼い彼女に結婚するということの重さが分かるのか、と不安を抱いたが、彼女の目は確かに少年とともに生きることの意味をしっかりと考えていた。

少女は目を閉じる。そして目を開くと薄桃色の唇に弧を描いて頷いてみせた。その目は固い決意が込められているのが青年からも見て取れた。一見すると気弱な少女だが、こんな表情もするのだ。青年は少年が彼女に惹かれた理由を今更ながら悟った。この隠れた強さに引き寄せられたのだ。
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