しかし、いつでもかかってこいよと思っている時に限って獲物はかからないもので、かぶき町付近の見回りで俺がしたことといったら、元夫婦の喧嘩の仲裁だけだった。火事と喧嘩は江戸の華とはよく言ったもんだが、しかし、それにしたって限度があるだろうが。親権の取り合い程度でくだらねェ。んなもん大人しく母親にでも預けときゃいいんだ。
信号の変わり目にぶち当たり、別に急ぎでもないので足を止め、煙草に火をつける。深く吸い込んだ煙を吐き出すと、紫煙の向こう側に人影を見た。まだ小さいから子供だろう。そいつは、母親のお古であろう古めかしい着物をまとい、小走りで横断歩道を渡っていた。もうじき信号が赤に変わるが、おそらく渡りきれるだろう。そう思って視線を落としたのだが、でかい何かがぶつかり合う耳障りな音に本能的な危険を感じ、発生源を見た。
車をはね退けながら突っ込んでくる一台の大型トラック。そいつに減速の様子はない。クラクションをかき鳴らす車。怯えたように道を開ける車。信号が変わっても動けない車。そして歩行者の悲鳴。絹を裂くようなそれが火元となって、一瞬にしてパニックが広がった。この有様だと警官の声も届かないだろう。クソ、出遅れた。舌打ちを一つ。
混乱し逃げ惑う民衆の向こう側。人波の向こうにあの古臭い着物のガキがいた。ガキは、横断歩道で驚いたように立ち尽くしている。ちょうど、呑気に道を渡るクソ猫が迫る車に足を止める様子に似ている。猫もといガキの視線の先にあるのは、件の暴走トラックだ。――マズイ、あのままだとあのガキんちょが撥ねられる。
とっさに有象無象を押しのけ、ガキを突き飛ばし、たような。
事の成否はわからない。なぜならば、その直後に凄まじい衝撃が俺の全身を襲ったからだ。
地面に倒れ込み、みるみるうちに暗くなる青空を恨めしく見つめながら思う。
――道交法違反だぞコノヤロー!
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