夢か現か幻か | ナノ
Get back brilliance
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頭に入れておいた地形図によれば、バイクでここを突っ切れば多分、列車が見えてくるはず。果たして、尾根を超えた所で下りになって、一瞬線路と列車が見えた。攘夷浪士共の武装バギーと、真選組のパトカー達も。浪士達の流れ弾があるパトカーを捉えて、その車両から火の手が上がっていた。すぐに木々に隠されてしまったけれど。

もしかしたら、自分がもっと早く動いていれば、隊士を死なせずに済んだのだろうか。近藤さんが怒ろうとも、あの男を抹殺していれば――。

「桜ノ宮隊長!」

たらればの思考を打ち切ったのは隊士からの無線だった。この声は、まだ入ってから日が浅い人みたいだな。彼がたどたどしく読み上げた座標は、自分が見えた方向にある。

「副長が乗っていると思しき車両が見えました!浪士共の車両も遠くに!すごい土煙ですよ!」
「そうですか。副長らの様子はどうです?」
「少なくとも死人は出てなさそうです」
「ならよかった」
「桜ノ宮隊長の砲撃でダメかと思いました」
「すみませんでした」
「オイ、俺にも謝れクソアマ!」
「そうネ!破片が飛び込んできて死ぬかと思ったアル!新八なんて眼鏡のレンズ傷まみれヨ!」

旦那と予想もしなかった声が無線に割り込んできた。聞き覚えのある可愛らしい声だ。てっきりいるのは旦那だけかと思ったんだけど、違ったらしい。

「え、旦那ァ神楽ちゃん達も連れてきてたんですか。それなら先に言ってくださいよ。もうちょっと狙いを正確にして旦那火葬計画は後にしたのに」
「なんで俺にだけ厳しいの?もしかしてこの前会計押し付けて逃げたの怒ってる?」
「人が手洗いに立った隙に逃げるのは許されないと思います。あとあたしのパフェを勝手に食べましたね?」
「うんごめん」
「いいえ。あたしも大人気なかったです。ごめんなさい。新八くんは今度一緒に眼鏡選びに行きましょうか」
「え、本当ですか!!」
「なんでそんなに嬉しそうなの。ただコイツは適正価格で買うか監視についてくるだけだよ」

さすが旦那。よく分かってらっしゃる。仮初の和解を済ませたところで、視界がひらけた。森林を抜けたんだ。

真選組と鬼兵隊。その堺際、つまりは最前線に、1台のパトカーがあった。それはこれまでの激戦を物語るように、ぼろぼろになって走っている。フロントガラスは一部にその痕跡を認めるのみ、バンパーはとれかけ、ボンネットは波打ってる。走りながらバラバラになってもおかしくない。そんな廃車同然のパトカーに彼らは乗っている。万事屋の三人と、土方さんだ。

「副長!神楽ちゃん、新八くん!ついでに旦那!無事ですか!?」
「お前のせいで死を覚悟したわ!」
「そりゃあもう謝ったじゃないですか。過ぎたことはいいっこなしですよ」
「いーや殺されかかった恨みは忘れないね!」
「じゃあ、あたしもツケは忘れないのでそこのところ、よろしくおねがいしますね」
「……あー、さっきのは俺の気のせいだったかもー。先生が俺達を爆殺するはずないもんな」
「ええ、神楽ちゃんと新八くんは爆殺するつもりありませんもの」

蒸し返された話を同じく蒸し返して相殺。別にそんな事はどうでもいいのだ。ちょっとした憂さ晴らしは込みだったけれど。

「ところでなんでその人連れてきたんです?戦う覚悟もなければ、死ぬ覚悟もない人を」
「副長がいなけりゃお前ら戦えないだろうが」
「あーね。でも意外です。旦那が神輿を担ぐなんて」
「俺だってこんな神輿担ぐなんざごめんだよ。でもしゃーねーだろ?野郎に真選組護ってくれって言われたんだから」
「土方さんがそう言ったんですか」
「ああ、いわば遺言だな」

沈黙。砲弾が地面にたどり着く寸前で炸裂する音が聞こえる。大小様々な破片に殺傷される浪士の断末魔も。

この人が、宿敵に頭を下げて、仲間のことを頼んだのか。人一倍負けず嫌いで、誰よりも誇り高い人が、旦那に軽くない頭を下げたのか。それがどれほどの覚悟だったのか。自分には想像がつかない。

「そうですか。土方さんが言ったんですね」

速度を落として、パトカーと並走する。そしてジェスチャーでドアを開けさせて、土方さんの胸ぐらをつかんで頭突きをかました。患者に暴力を振るうのは医者としてはアウトだけど、それよりも約束の方が重要だろう。

「痛いよ桜ノ宮氏ィ!」
「そういえば、貴方が血迷ったら引っ叩くって約束でしたね。殴るのはちょっと危ないので、頭突きで勘弁してください。――なァに自分は関係ないからみたいな面して座ってんですか!真選組護るのは貴方の仕事でしょうが!」
「俺も似たような事言ったんだけどね」

旦那が言ったとかそんな事知ったこっちゃない。自分が言いたかったから言っただけだ。気が済んだので掴んだ胸ぐらを車内に投げ捨てる。

「もう俺もこんなの担ぐのは疲れたからオタクが引き取ってよ」
「すみません旦那ァ。このバイクはタンデムは無理なので、他をあたってください」
「あとギャラよこせ」
「あたしに予算決定権はないのでそちらも他でどうぞ。それよか近藤さんはどこですか」
「まだ分かってないです!!近藤さん!!一体どこですかァ!!」

新八くんの言葉に答えて「あれアル!」と神楽ちゃんが指を指した先、銃火の向こう側には、離れて走る車両がある。彼女が言う通り、浪士達もそちらを目指して走っている。近藤さんはそちらに隔離されている可能性が高いだろう。

多分、車両の切り離しは沖田さんの仕業だ。浪士共や伊東に切り離すメリットはない。目的はおそらく局長を隔離して安全を確保する事。だとすれば、沖田さんは、さっき通り過ぎた車両のどこかにいるって事か。……大丈夫かな。いやでもまずは局長を救出しないと。沖田さんだけ助けて近藤さんが死んだら、多分殺される。

「どう思うよ、衛生隊長殿」
「おそらく局長はあそこにいるでしょう」
「……だそうだ。土方氏。あとは自分で何とかしろ」

旦那によって土方氏が車外に放り出された。あ、これは拾わなきゃダメかなと思ったが、彼はパトカーのドアポケットにしがみついている。引きずられているのにその手を離さないのはすごいな。根性があるんだかないんだか。

「助けて桜ノ宮氏ィィィ」
「いや、このバイク一人乗りなんで」

実はタンデムできなくはないけど、成人男性を乗せるのは結構キツイからやりたくないが正確か。どっちみち乗せられないのには変わりない。横目で見ると旦那と一方的にじゃれてるから大丈夫だろう。

「桜ノ宮氏ィィこの哀れなヤムチャを見捨てるつもりかァァ!」
「そもそも手が離せないってのに、どうしろと」

バイクのハンドルから手を離し、担いでいた小銃で進路を塞ぐバギーの乗員を射殺。立ち乗り射撃だ。操縦は車体をホールドしているニーで行う。

「じゃ、あたしが先導するんで、頑張って」
「桜ノ宮氏ィィィィ置いてかないでェェ!」

泣きわめく声を無視してスクラップもどきの前に出る。迫るバギーに狙いを定めたところで、聞き慣れたサイレンと、見慣れた砲撃。バズーカから発射された砲弾がバギーを粉砕した。首を傾けて、くるくるとスピンしながらこっちに飛んできた車体の破片を躱す。

原田隊長だ。原田隊長が救援に駆けつけた。旦那は早速、土方氏の引き渡しを行おうとしているけど、熱血な彼はことごとく無視している。上司がハードボイルドに処刑されそうになっているのも無視。終いには報酬の話もスルーだ。あれ、天然かマジか分かんないな。

「オイどーすんだよ!オタクのハゲどうなってんだ」
「あれスキンヘッドですよ多分」
「そんなのどーでもいいわ!!」
「まあ乗りかかった船って奴です。最後まで乗っていってくださいよ」
「やなこった」

どうやらこの男は報酬をもらってトンズラしたいらしい。まあ、確かに泥沼の身内争いだ。下りたいのは分かる。自分でさえ、耐えられないと思う瞬間が何度も訪れる。でも一度乗っかったら逃げられる状況には見えないけどな。

「嫌だ嫌だって言う割には、ちゃんと掃討してくれますね。もしかして真選組の事、好きな――」
「あー手が滑った」
「何すんですかこの腐れテンパ!」
「お前が変な事言うから手元が狂っただろうが!」
「ウソつけ!絶対確信犯だろ!狙ってバズーカ撃ったでしょ!?」

砲弾があわや直撃というところでなんとか躱した。避けた先に居たバギーの乗員は、あんまり可愛そうじゃないな。

割れたバックミラーで背後を確認。ひび割れた鏡の中で、1台の真選組パトカーが撃破された。あれに乗っていたのは、誰だろう。狭い組織だ。全員顔を知っている。失われるのに手が届かないのは、辛い。

でも今の自分に期待される役割は、局長の救出及び、副長の援護だ。数々の仲間が切り開いた血路をひた走る。それが今の自分だ。

「地獄でまた会おう」

土煙と、タイヤが燃えて出る黒い煙。それが死したものへの線香だ。

*

バラスト石を巻き上げながら線路の脇を走る。目の前に、近藤さんがいる車両が見えてきた。泣いているけど、元気そうだ。そして、彼の隣に沖田さんの姿はない。……沖田さん、貴方やっぱり。

我らが局長の元にようやっとたどり着いたのだけど、旦那は躊躇いもなく近藤さんに向かってバズーカの引き金を引いた。ロックされた扉の向こうで男泣きしていた彼の顔が、キョトンとしているのが見えた。自分も同じ顔をしているだろう。

「ちょっと旦那ァ!?」

ちょっとしたコントを挟んで、復活した近藤さんが状況の整理を試みている。彼にしてみれば、いきなり狙われたと思えば隔離され、沖田さんが離れていったと思えば救援が現れ、とよくわからない状況なのだろう。整理しても尚、「ありえない」と叫んだ。そりゃそうだ。自分も、彼が私達の肩をもつなんて、ちょっと信じられない。

遺言、遺言か。真選組を護ってほしいと、侵食される自我でそう言い残したのだという。自分が消えていくのをまざまざと感じるのは、自分ではどうにもならない状況に置かれるのは、恐ろしかっただろうに。それでも彼は。

ゴーグルで涙を拭えないが、前を見る。彼は愕然として、それから、覚悟を決めたような顔をした。

「局長……?」
「――だが万事屋、……俺も、お前達に、依頼がある。これも遺言と思ってくれていい」

この人は何を言おうとしている。なんで、この状況で、そんな顔をするんだ。

「トシ連れてこのまま逃げてくれ」

ひゅっと息を呑んだ。

近藤さんは、伊東に気をつけろという土方さんの助言を拒み、伊東の言われるがままに土方さんを処断して、この惨状を招いてしまったと言う。自分の責任に、戦いを拒む土方さんを巻き込みたくない、とも。

近藤さんは土方さんと誰よりも長い付き合いだから、話を聞いて、それだけでとてもよく分かったのだろう。土方さんがどれほど苦しんでいたか、そして、それでも真選組を護ろうとプライドさえ捨てて旦那達に頭を下げた、その苦渋の判断も。

近藤さんは、彼のために戦い死んでいった隊士、そして土方さんに詫びるように死のうとしているんだ。

彼は涙声を引っ込めて、真選組の大将の威厳を持った声で万事屋に伝えようとしている。

「全車両に告げてくれ。今すぐ戦線を離脱しろと。近藤勲は戦死した。これ以上仲間同士で殺り合うのはたくさんだ」

それは違う。そう言いたいのに、喉元で引っかかったように声が出ない。こんな時に口が回らなくて何が衛生隊長だ。だってのに。口は貝のように閉ざされたまま。

「それと、先生、トシのこと、頼んだぞ」

愚直なまでに真っ直ぐな目。ああ、この人らしい。でも、違うんだ。そんな事言わないでほしい。土方さんも沖田さんも、彼ら皆、貴方だからここまで来た。貴方だから、命をかけるのだ。だから、死なないでくれ。

言葉が出ない。自分が言わなきゃならない事はあるのに、喉が自分のものじゃなくなったように、声が出ない。

自分のこわばりを打ち破るような声が、無線機の向こう側、そして風とエンジンの唸りの先から聞こえてきた。

なんかあっちこっちの作品から引っ張ってきた、どっかで聞き覚えのあるフレーズばかりの、ある隊士曰く「気の抜けた演説」だった。でも、そこを超えて感じられるのは、紛れもなく土方さんの意思だ。隊士に檄を飛ばし、局長を支える男の意思だった。

「土方さん……?」

彼は、近藤さんに語りかけた。

「近藤氏。僕らは君に命を預ける。その代わりに、君に課せられた義務がある――」

自分達が命を預け、近藤さんは何がなんでも生き残る。それが近藤さんの義務なのだと。近藤さんさえ居れば、どれだけ恥辱に塗れようが、隊士が死んでいこうが、真選組は終わったりしない。近藤さんが居る限り、彼に惚れてここに入った人達はずっとついてくるからだ、と。

「――バカのくせに難しい事考えてんじゃねーよ。てめーはてめーらしく生きてりゃいいんだ。俺達は何者からもそいつを護るだけだ」

諭すようなそれは、少しずつ、誰かさんから、土方さんに切り替わっている。終いには煙草を取り出して吸いはじめた。……ああ。自分は、この人を見くびっていたのか。

患者の体の中には名医がいる。ヒポクラテスの言葉を思い出した。病が体を蝕んでも、妖刀が魂を喰らい尽くさんとしても、患者本人の治癒力もしくは根性でどうにかなる事が往々にしてあると。

自分がすくい上げようだなんて、自分が代わりだなんて大した思い上がりですこと。

「近藤さん――あんたは真選組の魂だ。俺達はそれを護る剣なんだよ」

ああ、やっぱり。土方さんはすごい人だ。

折角乾いてきた涙が、またゴーグルの内に溜まってしまう。そっと涙を排出して、そして、自分のバイクの音とも違うエンジンの唸りを聞いて、はっと振り返った。

「一度折れたきみに何が護れるというのだ」

アメリカンスタイルの大型バイクに跨る伊東と人斬り万斉だ。

「土方君、君とはどうあっても決着をつけねばならぬらしい」
「剣ならここにあるぜ。よく斬れる奴がよォ」

土方さんは自らの意思で剣を取り、鞘から抜こうとしている。だが、抜けない。浪士に襲われた時に抜こうとして、鯉口が異様に硬かったのを思い出す。今の土方さんもそんな感じ、いやそれ以上だろうか。なにせこれを完全に抜かれたらば、あの妖刀は完全に主導権を失う。最後の抵抗というのが適切か。

「俺はやる。俺は抜く。なせばなる。燃えろォォ俺の小宇宙コスモもえろ……イカンイカン!イカンイカン!」
「土方さん、信じてます!」

これは剣を抜けるか抜けないかの戦いではないのだろう。土方さんの内に食い込む呪いとの、見えない戦いだ。この応援も届くのかどうか。でも彼はあたしの声に「おう!」と威勢よく返事をして、パトカーのリアガラスを叩き割った。

そこまでパワーが出ているのなら、後少しだ。自分に逃げ場をなくすためか、彼は割った窓からトランクの上に仁王立ちした。煙草のフィルターを噛み潰して、文字通り必死で刀を抜こうとしている。

そして、考えられない事に、よりにもよって旦那にお礼を言った。いや、お礼の前口上は完全に苦情に近かったが、それでも最後がありがとうならお礼なんだと思う。このありえない事態に、旦那は「妖刀に呑まれちまった」と冗談か本気かわからない声音で返していたけれど。

「トッシーか、トッシーなのか」
「俺は」

はばきが覗き、そして引きずられるように、刀身が顕になる。

「真選組副長、土方十四郎だァァァァァ!!」

月夜に、鋭い輝きが戻ってきた。
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