夢か現か幻か | ナノ
Rights and order
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傾きはじめた太陽の少し黄色みを帯びた光が投げ込まれる窓辺で、自分は一人、待ちぼうけしていた。うかつにカフェインを摂取しすぎるのもよろしくないから、コーヒー一杯で粘っているけど、いい加減店員さんの目が気になってくる滞在時間だ。

しかし、待てども暮らせども土方さんは来ない。となれば、自分はもう一人でやるしかない。無理矢理は嫌いなんだ。

不思議なほど悲壮感はなかった。なにせ向こうには真選組最強の剣士、沖田さんがいる。土方さんだって、多分完全に消滅したわけじゃない。来なかったけれど。

伊東が実権を掌握しつつある。頭数は圧倒的にあっちの方が上。状況は最悪に近い。だけど、まだ全てが終わったわけじゃなくて、自分にもやれる事があると分かれば、あとは実行に移すのみ。まだ逆転の目があるなら、何度でも賽を振るのが自分だ。

「よし、行くぞ」

自分に活を入れて、仕事道具を担いで立ち上がった。伊東を討ち取りに行く前に寄る場所があるから、早めに出ないと。

「一応、電話かけておくか」

あれにかけても出てくれるとは思えないけれど、まあ、何もしないよりはいい。それに、中身が別人であっても、最後に土方さんの声が聞けるのなら、冥土の土産くらいにはなるだろう。約束は守れないのが残念だが。……黄泉路の入り口近辺で待つのってありなんだろうか。

「も、もしもし、土方ですけど」
「あーなに?ヘタレのくせに彼女?」
「旦那?旦那のところにいるんですか」
「あ、いや、これはちょっとしたトラブルで――ああ、ちょっと坂田氏ィ!」

電話の向こう側でなにか争うような音がして、誰かが電話を拾ったようだ。旦那か神楽ちゃんにぶん殴られて、取り押さえられてるんだろうな。土方さんならまだしも、あの人が旦那や神楽ちゃんに勝てるとは思えない。

「はいお電話替わりました万事屋銀ちゃんですけど」
「旦那、どうしてその人と」
「いやウチの新八が馬鹿したからそのお詫び?手当て?とかそんな感じ。つーかオタクの土方くん、一体どうしちゃったのあれ」
「話せば長くなりますが」
「じゃあいいわ」
「ええ、私も急いでいるので、大雑把に。妖刀の呪いです」
「妖刀ォ?」
「あと、今度会った時に生きてたらお金払うんで、その人捕まえておいてもらえます?旦那がついててくださいね。今ちょっとアレで危ないので。それでは、さようなら」

旦那がなんか言おうとしてたけど多分気のせいだろう。通話を切って、バイクに跨る。そしてセルモーターを回してエンジンを始動し、走り出した。向かう先は幕軍伝習隊が拠点としている小川町の某駐屯地だ。

しばらく無言で走る。この光景ももしかしたら見納めかもと思うと、少し町並みに愛着があるような全く無いような。いや、どっちかというと、バイクと一緒に走ってやれなくなるのが悲しいかな。特に、SR400はお気に入りだった。何がいいって、あのクラシカルなデザインがいい。あと単気筒の鼓動。またアレに乗れるように戦おう。

着信があった。ハンズフリーのリモコンを操作して出る。

「はいもしもし、桜ノ宮です」
「俺です、山崎です」
「山崎さんか。どうかなさいましたか」
「先生はどうしますか、これから」
「……伊東を殺します。独断ですが、まあいいでしょう」
「本気ですか」
「ええ」
「じゃあ、俺も本気出します」
「というと」
「伊東をつけてみます。副長が居なくなって、奴は油断している。今なら尻尾を出すかも。確か例の離れですよね」
「はい。ですが気をつけて。あの辺り人気がないので」
「肝に銘じます。先生こそ、ご武運を」
「互いに生きていたら、また会いましょう」

電話を切る。バイクを停めて、押して歩き、門の前にいる兵士に身分証とアポを取っていることを告げると、すぐ通された。

駐屯地の格納庫のそばに、その人は居た。小川の大隊のリーダー、本多薄七郎大隊長だ。普段は大隊長として無頼の徒を束ねている。しかし今の彼は揉み手をしてひたすら頭を下げている。まあ本多大隊長にしてみれば、これはとんでもない不祥事だから、なんとしてでももみ消したいのが本音だろう。残念な事にウチの優秀な監察が嗅ぎつけてしまったが。

「いやあ、ありがとうございます。もしかしたらこの子を粉砕しているかもしれませんが、そん時は演習中の事故って事で」
「勘弁してくださいよ真選組衛生隊長殿。ウチのヘリの部品がちょっとずつ横流しされて、気付いた時には3機分丸々盗まれてたなんて、ただでさえ体面が悪いってのに、その上最新の迫撃砲をぶっ壊したとあっちゃあ」
「そもそも部品が転売されて鬼兵隊に、って段階で体面は既に最悪ですからご心配なく。これに懲りたらウチの局中法度でも取り入れる事をオススメします」
「そんな事したら隊員が居なくなります」
「ウチも破落戸に毛が生えたような連中ですが、案外なんとかなるもんですよ」

少なくともこの前まではなんとかなってたんだけどなあ。と余計な一言を口走りそうになって、口をつぐむ。あっちの弱みは握ったが、こっちの弱みを見せるつもりはない。バイクをトラックに積み込み、エンジンをかける。

「あ、ところで、それ何に使うおつもりで……?」
「テロリストの殲滅です」
「そもそも牽引免許お持ちですか」
「それではー。奥様と娘さんも大切になさってくださいね〜」
「ちょっとォォォ!?」

マズいところを突かれたので、彼の個人的な弱みを匂わせつつ迫撃砲を牽引するトラックを走らせる。「バカヤロー!!」の言葉がドップラー効果によって小さく低くなっていく。うん、みようみまねだけど、案外出来るものだ。もちろん無免許運転は犯罪なので良い子も悪い子も真似しないように。

*

山崎さんから、伊東が鬼兵隊と内通していたという情報を得た。どうやら彼は鬼兵隊の河上万斉に斬られたものの、なぜか情けをかけられたそうで、辛うじて即死ではないらしい。真選組的にはその生き残り方はアウトな気がするけど、聞かなかった事にしよう。

口頭で手当てのやり方を説明して、応急的な処置をやってもらったけど、かなり危険そうだ。胸部の負傷は心臓や大血管の損傷による心停止や出血だけでなく、肺の損傷による緊張性気胸を起こす。前者が致死性である事は言わずもがな。後者も負けず劣らず危険だ。だから早く戻って処置をしたいが、今は近藤さんの方が優先だ。

隊士を呼ぶか……?いや、今はマズいな。無線を盗聴している限りでは、伊東派はあたしが居なくなった事に気づいてる。不慣れな牽引だし一人だし、見つかったら逃げるのはちょっと大変。下手に発信すれば危険だ。事を為さずして殺される気はない。

しくじったな。遅かれ早かれ来るとは思っていたし、奴にとっては今が好機であると分かっていた。土方さんに気を取られすぎた。視野の狭さは致命傷になりうる。何より沖田さんに甘えすぎた。自分よりも年下の彼に。みっともない。誰もいないのをいいことに、小さく悪態をついた。

「まだ、間に合うよね」

そうであって欲しい。祈るようにアクセルを踏み込んだ。地道に下りて、林道に入り、目的地直前となった、ちょうどその時、真選組の屯所から持ち出した無線が雑音を立てた。誰かが各車両に繋げているらしい。

「あ〜あ、もしも〜し、きこえますか〜。こちら税金泥棒」
「旦那?」

無線を担いで話を聞きながら、駐屯地から持ち出したドローンを飛ばして偵察を行う。旦那は未だに呪われてる土方さんの代理で隊士達のケツを叩いていたようだ。いや、もしかすると、土方さんの名前を使う事で、土方さんに発破をかけているのかも。

なるほど。自分には出来ない訳だ。いつだって男を奮い立たせるのはライバルの存在なんだろう。

いや、それにしたって、なんで戦う覚悟もない人間を引っ張ってきたのかね。まあ、いいか。最悪お飾りでも居れば隊士の士気は上がる。副長がどうなっているのであれ、もうじきあっちは戦場になる。自分はやれる事を最大の力でやるだけだ。

考えつつも、偵察はできた。砲を動かすためにあれやこれやをしつつ、無線を繋いだ。

「こちら桜ノ宮。偵察の結果を報告します。鬼兵隊の武装バギー18両及び偵察用単車が3台、現在大江戸駅から――キロの地点において縦列隊形をとり、線路に沿って毎時80キロメートル前後で武州方面へと移動中。発見時刻は――――時。先頭車両に向けて脇目も振らず直進している模様。武装は自動小銃と重機関銃及び刀剣類。あーこれは未確認ですが、陸軍伝習隊から流出した戦闘ヘリコプター3機が飛来する可能性あり。各員上空に警戒されたし。以上、報告終了」
「すみれ先生!先行していたのか!」
「ええまあ。これより、鬼兵隊の奴らに砲撃を行います。できれば人手がほしいので四人程度こっちによこしてください。バラキューは既にありますが、まだ偽装できてません。陣地転換も必要になるやもしれません。場所は――」

本音を言うと、バラキューで偽装したいけれど、自分ひとりではそんな贅沢な事はできない。砲弾を持ち上げて、装弾する。照準を適当に合わせ、そして発射用の長い紐・拉縄を砲につけて、自分一人で「発射!」と叫んで腰で巻き取るように引っ張る。

腹の底に響くような轟音が直ぐ側の砲口から轟いた。衝撃波で落ち葉が巻い、発射煙が辺り一帯に満ちる。

「旦那ァ、着弾観測お願いします!」
「見えねーよ!」
「はーいありがとうございまーす。100メートル西に着弾してますね!」
「なんで俺に聞いたの!?」

うん。自分に砲兵の才能はないのはよく分かっていた。めげずに頑張ろ。

「次弾、装填」

この砲弾が重いのなんの。そもそも砲兵はチームプレイだ。たった一人でやるものじゃない。周辺の木々のなびき方から風向を見つけて弾道の補正をしつつ、上空を警戒。敵影なし。

「これで、いいのかなあ」

自分はあくまで衛生隊長で、砲兵の活動は横で見ていただけだ。そんな自分が砲の操作を行う事に我ながら不安になるが、まあいい。紐をつけて準備は万端。当たらないかもしれないけど。それは考えても仕方がないな。とりあえず撃ってみよう。話はそれからだ。

「発射!」

同じように腰で巻き取るように強く引く。一瞬砲が反動で後退し、派手な砲声が山に響き渡った。ヘッドセットで耳を塞いでいる甘ったれなので耳は平気だ。しかし脳みそが揺さぶられるような衝撃だけは如何ともし難い。でもクセになりそうな衝撃だ。

「旦那ァ!!」
「効果あったよ!でも近接信管とか俺らも死ぬからやめてくんない!?」
「いよっしゃあ!!あたったァ!伊東もろとも全員死にさらせェ!!!!」
「聞けぇクソアマぁ!つーか、お前の副長もここにいるからね!?分かってんのか!?」
「全部コラテラルダメージです!!貸した金を返さないやつも死ねェ!ということで発射!」
「いや『発射』じゃ――ぎゃああああ!!」
「何するんでござるか桜ノ宮氏ィ!」

一人で何発も砲を撃つ。無線の向こうから悲鳴と轟音が響く。ある程度は効果があるようだ。半数必中界の関係か、それともあたしの計算が悪いのか、イメージとはちょっとずれてるけど、気にしない!

「権利と秩序と執行砲弾喰らえェェェ!!!!」
「果たし合いするならせめてこっちに出動してェェ!!」
「負けないワ!!」
「野明にしては桜ノ宮氏はダークすぎるよ!今の君のテンションはどっちかっていうと太田巡査だよォ!!」

ヘタレオタクの声に混じって、羽音。二枚羽の独特な、間の抜けた音。しかし、その音に反して、地上を這いつくばる人間にとってはかなりの強敵だ。戦闘ヘリ。人間ではまず勝ち目がない。

「あ、対空戦闘になりそうなんで、砲撃支援できません。旦那頑張って」
「死ねェェ!そのままヘリに撃たれて死ねェェ!!」

旦那の心からの叫びを聞き流しながら、自衛用の対空火器を担ぎ、走る。失敗したら間違いなく木っ端微塵だけど、やらないよりはいいだろう。今回は誘導付きのミサイルだし、近くに寄れば多分当たる。熱源は可能な限り置いていこう。

しばらく走ると、崖が見えてくるはずだ。地形に追従するように飛ぶヘリなら、多分すぐ近くに見れそうな丁度いい崖。そこに身を隠していると、空気を切り裂く異音が近づいている。ヘリが見えてきた。見たところ外装は幕軍のものじゃなさそうだな。でも、あの特徴的なスタイルはまずそのへんの改造品じゃありえない。多分外の板だけすげ替えたんだろうな。

パイロットの白目が見えてきそうなほどの近距離。そこでようやっと自分の存在に気がついたのか、操縦桿を握る浪士の目が見開かれた。

「往生せいやああぁぁぁ!!」

どっかで聞いたようなセリフを吐きながら引き金を引くと、煙を引いてミサイルが目標めがけて飛んでいく。ミサイルはプロペラに命中した。破片を撒き散らしながら、ヘリが落ちていく。金属がひしゃげる音が彼らの断末魔だった。

「命中!鬼兵隊のヘリを撃墜しました!伝習隊から手に入れたものと思われます!」
「先生、よくやってくれました!迫撃砲の操作は俺達がやるから、先生は副長達を!」
「了解、本官はこれより転進し、副長達の救援に回ります!」

バイクを取りに戻ると、自分が離れた時とは打って変わって偽装が施された迫撃砲に出迎えられた。砲の周辺では数人の隊士達が慌ただしく動き回っている。

「バイク使いますね」
「はい、先生、ご武運を!」
「はい、みなさんも、危なくなったら逃げてくださいね。それ全部幕軍のものなので壊しても問題ありませんから」

引きつった笑いに見送られながら、バイクを走らせた。
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