夢か現か幻か | ナノ
June bride part.2
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神父さんもとい原田隊長の声を聞き流しながら、ぼんやりと考える。教会で、神父さんがいて、こうして宣誓を行っているという事は、某世界的宗教のシステムに沿って式を行っているって事だ。ただ、隣のこの人も、あたしも残念な事にキリスト教徒ではない。そんな人間が神に誓っても、神様、困るんじゃなかろうか。しかも嘘っぱちだし。まあ、神様がいるなんてこれっぽっちも思っていないけれど。

それにしても、ちゃんとお決まりのタイミングに乗ってくれるんだろうな。異議ありって飛び込んで来るに違いないとか近藤さん言ってたけど、それ本当なのかしら。『卒業』じゃないんだからさぁ。

まあ相手が乗ってこないまま披露宴まで来ちゃった場合に備えて自分のカラードレスはあるけれど。お色直しとか面倒だな。自分のでもないし気分はそこまで乗らない。隣のこの人がこっちに気がある素振りをしなければ少しはマシなんだけれども。

というか、結婚式とかやる意義あるのかな。その資金をマイホームなり車なり子供なりに充てた方が絶対に有意義だと思うのだけど。あれ、こんな事考えてるから土方さんに呆れられるのでは?

扉が乱暴に開けられる音と共に、防弾加工をしていた祭壇が凹んだ。意図しないタイミングで肺の空気が飛び出す。自分が前のめりに倒れていく。そして女のヒステリックな叫びと男達の怒号。止まっていた息を咳とともに再開して、よろりと立ち上がり背中を探る。ドレスは破れているけれど、ケプラー板がきっちり食い止めてくれていた。心配された肋骨の骨折はない。病院送りという惨事は避けられたようだ。仕事上避けられないかもしれないけど、病院の常連は嫌だ。

やれやれ、と立ち上がる。チャペルの入り口に目を向ければ、女性が取り押さえられていた。男だらけの真選組の中で、女は自分だけだから、問題を避けるためにもあちらにいかなければ。一歩踏み出す。向こうは近づく自分、いや恋敵に気がついたのだろう。複数の男を跳ね飛ばして、突進してくる。

感嘆をそのままに「イキが良いな」と呟いてしまった。だが、感心してばかりもいられない。一度銃撃を受けた防弾ベストは非常に脆くなる。受けたのは背面とはいえ、二度目は避けたい。ドレスの裾を捲くりあげて、腿の短ドスを構え、ジグザグに突進した。予想通り、相手は素人だったせいか、凶器に怯んで見当違いの方向に発砲する。しかもガク引きしている。あれそのうちジャムらせるな。幸運に期待するほどおめでたい思考は持ち合わせてはいないけれど。

女性の怯えた瞳がはっきりと視認できる。この距離まで近づいて、ようやっと撃った相手が自分の狙いの人物ではないと気がついたらしい。驚愕に目が見開かれた。彼女めがけて切っ先を突き出す。

勝負がついた。

短ドスが銃口を真っ二つにするように突き刺さっている。両断されたスライドが脱落した。

へなへなと力をなくして、女性は赤いカーペットにへたり込んだ。武器を失い、拳の行き先もないと気がついて、完全に戦意を失ったようだ。土方さんから手錠を受け取って、女性の手を取る。抵抗はない。

「10時43分、銃刀法違反及び公務執行妨害の現行犯で逮捕」

彼女に手錠をかけると、がっくりと項垂れた。

*

結局、ドレスを着たままじゃパトカーには乗れないという事で、一足先に容疑者がドナドナされるようだ。銃器の入手ルートが解明されるといいんだけど。

関係者一同からのお礼もそこそこに、ドレスの裾を持ち上げて、しっぽを引きずりながら控室に引っ込む。その途中で、ヅラを外した土方さんが待ち伏せていた。いい男は何を着ていてもカッコいい。

「あれ、いいんですか、あっちにいなくて」
「人手は足りてたんでな」
「そうなんですか。……じゃあ私着替えるので」
「その前に、少し付き合ってくれよ」

「はあ」と曖昧な返事をどうとったのか、手袋を嵌めた手がぐいぐいと引っ張られる。ヴァージンロードを歩いた時のような気遣いを見せて欲しい。歩きにくいのを分かってくれたのか、ペースが極端に落ちた、と思ったら、ひょいと横抱きにされた。

「こっちのが速いな」

重いドレスを着た50kg台の女を持ち上げて、顔色一つ変わっていないのだからすごい。モーニングコート越しの筋肉が、言葉よりも雄弁に自分との違いを主張していた。

花嫁(役)を抱えてどこぞへと向かう土方さんは奇異に映るらしい。すれ違う式場の関係者さんが彼を見る目は、不思議なものを見るようなものだったのが印象に残った。

「重たくありませんか」
「このくらいなんともねェよ」
「すごいです」
「負傷した隊士を担いで動き回ったりする女に言われると複雑だな」
「あのくらい普通ですっ」

そのくらいできなきゃ火線救護はできない。まあ、基本的に傷に良くないから自分で担ぐのは最終手段なんだけれども。必要ならやるってだけでいつもやってるわけじゃないのに。前に土方さんの前で隊士を担いで後退させたら、この通り事ある毎にネタにされている。揶揄われるのは何度やられても慣れない。

「確かに、志村妙とか万事屋の怪力チャイナ娘ならやれそうだがな。だが、連中を女の標準呼ばわりするのはちと無理があるだろ」

この人は喉の奥で笑いながら面白そうに言うけれど、あたしとしては面白くもなんともない。というか、これ、当のお妙さんに聞かれたらあたし共々始末されるんじゃなかろうか。この話が回り回ってお妙さんの耳に入る……だなんて不幸が万が一でもないように願う。

「よし、ここでいいか」

なぜか、教会の裏手の丘に降ろされた。ここも角度は違うけれど、海とターミナルを一望するスポットだ。私有地だから民間人は入ってこれない。人気の無さが特別感を演出している。

「ドレスが汚れそう」
「着用者が銃撃されたドレスなんざ縁起の悪いもんはどの道廃棄だ。作った奴は哀れだがな」
「一番の被害者かもしれませんね」
「全くだ。あの男も懲りてなさそうだから、また同じような事が起きるだろうしな」
「もう囮は嫌ですよ」
「安心しろ。今回はあのボンボンがこっちがいいと言ったからそっちにしたが、次はあの馬鹿がなんと言おうが見廻組に回してやる。あっちにも女がいるらしいからな」
「……まさか、最初から」
「だろうよ。見た目だけで女を選べば痛い目見るって学習しないのかねェ」

エリート受けの悪いウチがなんでこの話を回されたのか、よく分からなかったのだけど、これで分かった。なんか、仕事ぶりを評価されたんじゃなくて、自分の存在故に選ばれたというのがたいそう腹立たしい。事実は彼自身にしかわからないけれど、自分と顔を合わせた時の態度が、その憶測に真実味をもたらしていた。

「それ、カチンと来ました」
「どうしてだ」
「だってもし事実なら、見廻組と真選組、仕事の実績や能力でこっちを選んだ訳じゃなくてあたしの顔で選んだって事でしょう?真選組への侮辱に等しいです。それにお嫁さんが気の毒です。真に彼女の事を思うのなら、仕事で選ぶべきなんです。だってのに」

自分が身振り手振りで怒りを表明していると、反対に土方さんは笑い出した。なんで笑われるのか、自分にはわからない。

「なんで笑うんですか」
「お前らしいな。自分の事で怒りゃいいのに、他人の事で怒る」
「駄目でしょうか」
「その一部でも自分に向けられりゃいいんだがな。お前、自分は悪く思われるのは仕方がないって考えてるだろ」

どきりとした。思い出すのは本科の記憶。自分を引き取った養父母の視線、クラスメイトの言葉、養父母の捨て台詞。いつの間にか、何かを言われる度に、自分はこんなのだから悪く言われるのは当たり前だと受け止めるようになっていた。きっと、自分は歪んでいるのだろう。だって、土方さんの目が、悲しいものを見るようなそれだから。

「あたしは、別にいいんです。見た目くらいしか価値がないのは分かってます。でも真選組までそう評価されるのは我慢なりません」
「俺としちゃ、よりデカイ獲物を釣るための餌が手に入ったから感謝してるぜ。確かに、奴の悪趣味とお前の見た目のおかげだ。……一番侮辱されたのはな、俺達じゃなくて、お前自身だ。お前はまずそこに怒れ」

そう言われても、自分が侮辱されるのは仕方がない。そう思えてしまう。今ひとつピンと来てないのが見ていてもわかるのか、あたしの頭の上に手を置いて、話を打ち切ってしまった。

「それにしても、お前がドスで拳銃をぶった斬った時の、野郎の顔ったらなかったぜ。ショック受けちまってまァ……。後始末してる間も、テメーより強い女は受け付けねェと言わんばかりの態度でこっちが笑いそうになった」
「大部分の男性が、小娘に守られるのは嫌なんでしょう多分」
「俺から言わせりゃ、ひよこも同然なんだがな」
「土方さん強いですもんね」
「お前が弱いだけだ。そのくせ頭に血が上ると、何も考えずに突っ込むのはお前の悪い癖だぞ」
「肝に銘じます。で、今回はいかがでしたか?」
「せめて自分の装備を確認した上で突っ込んでほしいもんだな。相手がド素人だったからよかったものの」
「すみません。気をつけます」

鬼の副長様は辛口だ。確かに、重たいドレスで走るのはいつもと勝手が違って、少しだけ戸惑った。プロでも命中率は4割いかないが、弾倉の中には10発以上の弾がこめられている。1発くらい当たっても不思議じゃなかったのも確かだ。もしかするとまぐれ当たりで致命的な場所に当たる可能性もなかったわけじゃない。うん、迂闊だったかも。

「でもこれで今後の方針の参考にはなりました」
「方針?」
「ホラ、土方さんとの約束があるからって、そこにあぐらをかくのはなにか違うと思うので、可能な限り、自助に取り組みませんと」
「そっち?戦い方のほうじゃないのかよ」
「それは治りそうにないっていうか」
「治す努力をしろ。で、どうするつもりなんだ」
「職業を伏せてお付き合いするしか無いなと」

あからさまなため息。コイツは何も分かってねェと言わんばかりだ。そういう態度を取るのなら、ちゃんと言ってもらわないと。こっちが睨むと、どうしようもねェ女と言いたげにあたしを睨み返した。

「隠して付き合ってもいつかはバレるだろうが。そうせざるを得ない相手なら、そもそも付き合わないほうがマシだろ」
「釣る段階で引っかからんからそうしてるんでしょうが」
「強い男なんざいくらでもいるだろ」
「真選組の外であたしより強い男っていえば、やっぱりよろ――」
「ソイツだけは絶対認めねェからな。ソイツよりは、まだ総悟の方がマシだ」
「これは前途多難ですね」

並の浪士には負けない自信があるし、新入隊士の質を見るに在野に残った人間の質はそこまで高くないと見た。周辺が化け物揃いだから麻痺しがちだけど、普通の男は自分のような人間を見たら、気の多いさっきの花婿のような反応をするのだ。

「お見合いはあんまりなあ」
「贅沢な女だな。……そうだ。近藤さ」
「嫌ですよ」
「あ、そう」
「むしろなんで引き受けると思ったんですか」
「いや、お前とひっつけばあの女の事を諦めるかと思ったんだが。近藤さんとなら、俺も安心できる」

流石に呆れて、近藤さんの意思は無視ですかと嘆いてみる。いくらなんでも、自分とひっつくのは近藤さんが可哀想過ぎる。土方さんは渋い顔をして首を振った。

「じゃあ聞くが、あの女とひっつけると思うか?」
「自分が大江戸環状線に乗っているときに、自分がいる車両に隕石が直撃する方が可能性高そうですよね」
「だろ?……しかし、そうなると参ったな。近藤さんに縁談が持ちかけられてるんだが、どうしたもんか」
「へえ、どんなのです?」

興味本位で写真を見せてもらったけれど、開いた口が塞がらない。なんせ、写真用インクが描いているのは、二足歩行する大きなゴリラにしか見えないからだ。ゴリラが立派な着物を着て立っている。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラと揶揄される近藤さんだけど、彼はあくまでゴリラよりの人間であって。人間よりのゴリラとは全く違う。しかし、さっき見た写真にはどっからどう見ても後者のナマモノが写っていた。

「獣姦?」
「やめろそんな事言うな。猩猩族の第三王女、バブルス王女だ」
「え、これ意思疎通できます?近藤さんのお嫁さんって事は、姐さんって事ですよねこれが」
「そうだよ……勘弁してくれよこんなのが姐さんとか悪夢だろ」
「回答は」
「保留中だ。だが、それもいつまでもつか。最近断られすぎてて、そろそろ近藤さんも折れるんじゃないかって懸念もあるしな……」

マジで勘弁して欲しい。意思疎通できるか怪しいナマモノが姐さんはあたしだって嫌だ。

「いっそ、あたしが恋人のフリでもしますか……?」
「そんなんであのクソ親父ごまかせると思うか?」
「無理ですね」
「そのうち俺もあの女の説得させられそうだ」
「無理だと思いますよ?」
「ったくどーしろってんだクソ」

嘆く土方さんの背中に手を当ててから、しまったと思った。背中という見えない場所に手を触れられたら、嫌がるかも。疲れているようだったから、つい手を出してしまったけれど。かといって、弾かれたように手を離すのもなんか違う気がして、どうしようかと、彼の背中を上下する。……筋肉と骨で硬い、男の人の背中だ。何枚もの布越しの感触が新鮮だ。

「あ、すみません。つい」
「構わねェさ。悪かったな。仮初とはいえ、晴れ姿だってのにこんな話して」
「それは別に、気にしていませんが……あ」
「なんだよ」
「そういえば、土方さん、これどうです?似合ってますか?」

そういえば、この人は似合うか似合わないかを答えていなかったな、と思い出した。だから立ち上がって、その場で一回転してみる。背中は穴空いてるけど気にしない。土方さんに向き直ると、彼はなぜか百面相をして、答えあぐねている。

しばらく答えを待っている間に不安になってきた。やっぱり似合わないだろうか。

「やっぱり、あたしは似合いませんか」
「違う。……似合ってる。ただ、あの野郎が選んだってのが心底気に食わねェ」
「土方さんなら、どんな衣装を選んでくれるんですか?」
「俺なら……」

出来心で聞いた事なのに、案外真剣に考えてくれていて、嬉しいやら申し訳ないやら。答えを待っていると、しまいにはケータイで調べはじめた。パケット代どうなっても知らないぞ。ケータイをカチカチしながらあたしと液晶を見比べて照れている姿が可愛い。

「こういうの、どうだ?」
「あ、可愛い」
「だろ」
「あ、これとかどうですかね」
「老けたデザインだな。似合わなくはないが……」
「じゃあこれ?」
「いいなそれ」

迎えが来るまで、ああでもないこうでもない、とやりもしない結婚式の衣装の話をしていた。
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