朝の酒場には客が少ない。しかし客の身なりは様々で、所謂パリピと呼ばれる人種から、マダオ寸前のみすぼらしい人まで、幅広く揃っていた。その中に目当ての顔はない。仕方なく、グラスを磨く天人のマスターに写真を見せた。
「忙しいところすみません。この写真の地球人、おたくのお店に来てませんかね?」
「あ?知らないよ、こんなハム」
「……そうですか。ご協力ありがとうございました。それはさておき、なんかいいお酒あります?」
「うーん、コイツとかどうだい?」
そう言って狐頭の天人が出してきた瓶は深い青色。中には無色透明の液体が詰まっていた。
「それは?」
「ある惑星の蒸留酒だよ。無味無臭だけど、どんな割材にも合う。カクテル好きな地球人の女性にオススメ」
「カクテルか……ストレートで飲めるお酒はありませんか?」
「お、嬢ちゃん強い感じ?」
「少し」
天人はちょっと考えて、琥珀色の液体がなみなみと入っている細身の瓶を引っ張り出した。ラベルには見知らぬ惑星の文字が印刷されている。
「これは惑星シーテネの名産品でね、こっちでもロックミュージシャンとかに愛飲者が多いんだ」
「へえ、じゃあそれで」
「オススメはロックだけど、どうする?」
「じゃあそれで」
「ご飯食べたかい?」
「まだ」
「じゃあステーキとかどう?」
「もうちょい軽めが良いですね」
「じゃあフライドポテトだ」
フライドポテトをつまみにロックグラスに注がれた琥珀色の液体を飲んでいくと、これがまあ美味い。口当たりはなめらかで、どこかカラメルを思わせるほろ苦さに、優しい甘み。それが塩気とよく合っている。
「これ美味しいですね!」
「でしょ。ところで、嬢ちゃん、アンタ探偵さんかなんか?」
「いいえ、でもどうしてそう思われたので?」
「いや、このご時世人探しみたいな難儀な事する人間なんざ、探偵とかそんなのしかいないでしょ」
「お仕事の依頼とかじゃなくて、個人的な頼みを聞いた形ですね。出ていったきり戻らないバカ息子を連れ戻してくれって」
「そりゃ大変だ。どこの星でも子供には手を焼かされるんだねー」
「そうですね。でも私も手を焼かせた側の人間だったので、これも因果かな、と思うようにしています」
「そうしてやってよ。そういう連中はアンタまで見捨てちまったら、本当に終わりだから」
マスターの言葉に、不意に土方さんの言葉を思い出した。おまわりが迷子見捨てたらしめーだろ。そうだ。迷える若人を正しい道に蹴り込むのも、元迷子の仕事だろう。まあ今も迷ってるかもしんないけど。
グラスを空けながら頼まれた経緯をざっと思い返していた。
神妙な顔で頭を下げる中年女性。我が子を思うその心は無碍にはできないけれど、これって職務の範囲超えてない……?あたし、屯所派遣医師であって、探偵や警官じゃないからね。
と言えたら良かったのだけど。
ここで個人的に効いてくるのが昔、養父母の家に引き取られた頃大暴れしてさんざん手を焼かせた記憶である。最終的にあたしを財産ごと放棄させる程の手のかかりようを思い出して、親に迷惑を掛ける子を放って置けなかった。
「あ、そうだ。マスター、ここ以外で若い子が集まる場所知りませんか?できればアングラな感じの」
「げ、ソイツそんな深いとこまで潜ってんの」
「表面さらってすぐ出てくるなら、今頃親に連れ戻されているでしょう」
「それもそうか。じゃあ今暇だしいくつか場所メモっとくよ」
さらさらと書き物をする音と、どこか気怠げなジャズの音だけが空間を支配していた。
「あ、でも気をつけてね。この辺、ヤバイ新種が流行ってるから」
「新種?」
「なんちゃら郷っていうシャブ。ロクな目にあわないから関わっちゃ駄目だよ」
ああ、アレかあと思ったけれど口には出さない。情報を引き出す段階で無駄に警戒される必要はない。
「親切ですね」
「これでも母星に子供を残してきてるんだ。だからそのハムを心配する親の気持ちが分かるのさ」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
「ハムを親元に返してやるんだよー」
「はい。本当にありがとうございました。次はもう少しゆっくり出来る時に来ますね」
カラカランと軽快な音を立てて扉を開ける。本来の目的は果たせなかったけれど、星を越えても変わらないものもあるのだと知れた。親の愛情、か。
貰った紙を見ると、薄暗い地帯にある建物の名前がぎっしりと書かれている。これ全部回るのは骨が折れるぞ……。
ため息をついて歩き出した。
「いや、知らんね」
よし一杯飲んで次。
「あ?知らねーよこんなの」
こっちでも一杯飲んで次。
「そんなハムより、いい話があるんだけど、どう?」
無視して次。
次で5軒目だ。流石に潜りすぎたのかろくな話を聞かない。気分が下がり調子でよろしくないので、目についた灰皿のそばで一服する。依存症まではいってないので、そう毎日欲しがったりしないけれど、たまに吸いたい時がある。
口から取り込んだニコチンの残りを吐き出していると、灰皿の前で足を止める草履。敵意は感じないけれど、こんなところで誰だろうと顔を上げれば見慣れた仏頂面があった。
「よう、昼間っから酒とはいいご身分だなァ」
「うわ土方さん」
「上司に向かって『うわ』はねーだろ」
「すみません。口が滑りました」
「んだとゴラァ!!」
土方さんの言葉を無視して、ライターを構える。土方さんはごく自然に煙草の先端をライターの火に近づけた。人の顔に紫煙を吐き出してご満悦らしい。お返しにこちらも煙を吹きかける。口がへの字に曲がった。自分がやられて嫌な事を人にしない。
「こんなところで何してるんですか」
「警邏」
「ふーん……」
警邏と言う割には、私服の黒い着流し姿というのが引っかかる。制服では入り込めない場所なのか。そういえば、客が話してたっけ。もう少し行ったところに地下格技場があるって。違法な賭け試合をしていると聞いた。この辺で土方さんが触ろうとするならそこぐらいなものだろう。確か名前は――。
「煉獄関ですか」
「聞いたのか。調査中だが、おそらくとんでもねー厄ネタだ。お前は触るなよ」
こくりと頷くと、幼子にするように頭を撫でられた。この人あたしをなんだと思ってるんだろう。
「で、お前はこんなところで何してんだよ。遊び場にするには暗すぎるぞ」
「あたし、遊びに来たわけじゃないんです。頼まれごとやってて。手帳なしの人間が聞き込みだけで何も飲み食いしないってのはマズいでしょ」
「確かにな」
ちらりと人目を確認する。大丈夫、見ている人はいない。土方さんの隣に立って袖をくいくいと引っ張り、少し背伸びして耳元に口を近づけた。
「人探しなんですけど、転生郷の話まで出てきて正直きな臭いです」
「転生郷か……流行りの新種だな。気を付けろよ。あくまで噂だが、上が噛んでるらしい」
上。お上。幕府。ここに来るまでに、明らかに目つきのおかしいのを何人か見かけた。流石にこの状況で首突っ込むのは自殺行為なので、人相を覚えてタレコミの準備をするに留めたけれど。アレを生み出しているのが幕府だとすれば、腹立たしい。
「幕府?地球人に大量の中毒者を出しているのに?」
「忘れたのか。幕府の裏にいる連中を」
「腐った肉には蛆が湧くって事ですか。どうりで潰しても潰しても攘夷浪士がいなくならないわけです」
「そういうこった。お前が決めたなら止めねーが、深入りはしすぎるな」
「分かりました。土方さんこそ、ここらへん治安悪いので気を付けて」
彼は何馬鹿な事言ってるんだと言わんばかりに鼻を鳴らした。すっと体を離すと土方さんは腰を逸らしたり曲げたりしてぱきぽきと鳴らしている。おっさんだ。
「おっさんですよ、そう言う仕草してると」
「うるせーよチビに合わせて腰曲げると痛くなんだよ」
「うるさいおじさん」
「うるせえチビ」
不毛な争いを打ち切る。あまり時間がない。日が傾けば、この界隈はより一層黒さを増すだろう。そうなる前にさっさと帰りたかった。
「あ、そうだ。今日良いバー見つけたんで、今度案内しますね」
「やっぱ楽しんでんじゃねーか」
「まあ調査費用くらいは貰うんで」
「タダ酒は美味いだろ」
「それも結果出さなきゃ意味ないですけどね」
「じゃ、頑張れよ」
「土方さんこそ」
煙草を一吸いして灰皿に捨てる。そして6軒目に足を向けた。
*
8軒目。人探しってこんなめんどくさいんだな、と思いながら扉を開けると、フロアを走る照明に鳴り響く音楽。そしてくねくねと踊る天人と地球人達。頼まれ事がなかったら一生立ち寄る事のないお店だ。
そこの床に、目当ての人物が倒れていた。俗に言うイッちゃってる目をしたそのハムは鳥頭の天人に担がれていた。
「どいつもこいつもシャブシャブシャブシャブ……」
「あーすみませーん、その男の母君からそのハム持って帰るように言われてるものなんですけども」
「うん?お客さん、何者だよ」
鳥の天人の側面に近寄って素早く耳打ちする。
「これでも一応真選組で働いてるんだけど。マスター、まだここで商売したいでしょう?」
「ちっ幕府の犬が」
その手の悪態はそこここで聞くので、右から左に流す。そしてハムを受け取ると、ほんのり嫌なにおい。香水となにか、こう本能的に嫌悪感を煽られる感じ。その臭いに顔をしかめた。その表情のまま、床に座り込んでいた万事屋の二人組を見下ろすと、不可解なものを見る目で見上げられた。そういえば一人足りない。
「あれ、保護者の方はどうしたんですか?」
「銀ちゃんなら二日酔いで厠アル」
「そんなに強くないくせに飲むから」
「本当ですよ。先生お医者さんでしょ?銀さんに禁酒しろって言ってやってください」
「どんな名医でも患者に治す意志がないのならお手上げです」
そして外傷以外は不得手の部類に入る未熟な医者には厳しい話で。
「早い内に明るいところに戻ったほうが良いと思います。この辺は治安悪いので」
「そうですね。探し人も見つからないみたいですし、僕達も一旦引き上げようと思います」
「お二人で大丈夫ですか?」
「大丈夫ヨ。いざとなったら私の傘が火を噴くネ」
「それは心強いですね。では、お気をつけて」
本当ならば、未成年の彼らについてあげるべきなのは分かっているけれど、このハムは一刻も早く処置を行わないといけない重病人だ。後ろ髪を惹かれる思いで騒がしいディスコから抜け出した。
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