夢か現か幻か | ナノ
Unlucky day
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今日は厄日だ。それもとびっきりの。苛立ち紛れに縛られた手を動かしても、縄が食い込むだけだった。歯を食いしばって、部屋に蹴り込まれてひしゃげた状態から身体を起こして前を見る。うざったい長髪の野郎と視線を合わせた。

近くには奇妙な三人組。少なくとも手配書で見た顔じゃない。ただ、最年長と思しき銀髪の男からは、なんとなくにおう。土方さんと同種のにおい。煙草じゃなくて、日常の中に溶け込んでいても隠せない血のにおい。案の定、桂と知り合いらしく、割と気安く喋っている、ように見える。普通に暮らしている人間をテロリストに仕立て上げて協力を強いるかなり強引な勧誘だけど、あの桂にスカウトされる程度には攘夷戦争で武勲を上げた人間らしい。名前は坂田銀時。なんか異名を言ってた気がするんだけどまだ意識が朦朧としていたせいでよく聞こえなかった。後で山崎さんにでも調べてもらうか。

「親切にも腕の手当てをしてやったのに、この仕打ち。受けた恩を仇で返すとは、武士を名乗る者として恥ずかしいと思わないのか。――桂小太郎」
「思わん。避けて通れん仇だ」

男は何を考えているのかいないのか、真面目な顔つきを崩さないまま答えた。思わず舌打ち。口を開けば大義大義。その大義で死ぬ無辜の民の命でさえ些事として切り捨てる。違うのだ。この職業について、命の意味を考えるようになって、思う。死者の生前の顔を知っている人間にとって、それが物言わぬ躯になることは、耐え難いんだ。

ひしゃげた頭を思い出す。それはあたしと弟のために何度も抱え込まれた頭だった。床に落ちていた手を思い出す。あれは、無邪気に砂を掘っていた手だった。それがもし些事として片付けられたとしたら。きっとあたしは何も許せなくなる。

……これはただの私怨か。まあどのみちこの男とあたしは相容れまい。自分の頭に冷水を浴びせてバレないように手を動かす。冷静になればこのくらい解ける。

何もなければ、頼まれたものを渡して家に帰って、お酒飲むつもりだったんだけどなあ。

*

冷静になるついでに何が起きたのかを思い返す。それは副長に命令されてお使いに赴いた帰り、かぶき町を歩いていた時の事だった。硬い何かが勢いよく何かにぶつかったような派手な音がした。すわ事故か、と医者らしく人並みをかき分けてその場に駆け寄ったところ、なかなかひどい現場が展開されていた。

地面に散らばる配達予定と思しき手紙たち。倒れた単車。ひしゃげたお店の引き戸。そして地面にうずくまる飛脚の男性。典型的な物損事故だ。状況を把握するかしないかくらいで店の主らしい老齢の女性が壊れた入り口から飛び出してきて、飛脚の男性を問い詰め始めた。

「何してるんですか!?相手は怪我人ですよ!」
「なんだいアンタ」
「通りすがりの医者です。岩尾診療所の」
「ああ、あのジジイの」

かぶき町の外、真選組屯所に近いところに診療所を構えている先生の名前はそれなりに有名らしい。……確かに、かぶき町の中で開業している医者って変なの多いからなあ。ショッカー本部じみた施術を行う歯医者とか。たまにあそこの被害者がウチに駆け込んでくるから知っているけれど、いっときの痛みを嫌ったばっかりに一生モノの改造されるなんて釣り合わないこと釣り合わないこと。

考え事をしつつ、ぶつかった建物―スナックお登勢―の2階から出てきた少年に手伝ってもらいながら触診を行う。

「こりゃひどいや」
「そうですね、折れた場所はなさそうですけれど、念の為病院で診てもらいましょ」
「神楽ちゃん、救急車呼んで」

チャイナ服のお嬢さんは大きな声で救急車を呼んだ。携帯電話が登場しているご時世にそんな原始的な呼び方する人始めてみたなあ。

飛脚の男性は懐から何か小包を取り出して、白髪天パの男性に預けた。……小包?そういえば、連続爆破テロの手口は小包だった。届け損なったら首というのもきな臭さに拍車をかける。ちらりと見えた届け先は戌威族の大使館。当確待ったなしの状況だ。

「ちょっとお兄さん、その小包あらた」

その小包検めさせて、と言おうとしたところで、激しく咳き込む飛脚のお兄さん。あんまりにも苦しむものだから、つい気を取られて、気がついたときには三人組はいなくなっていた。……作為を感じる。

そう思いつつもお兄さんに肩を貸して病院に運ぼうとしたのだが。

人気のないゾーンに来たところで頭をガツーンと殴られて今に至る、と。

詐病に引っかかるなんて医者としてどうなんだろう……。

*

さて、自分の利用価値とはなんだろうか。人質としてはわりあい有用なのは間違いないけれど。兎にも角にも時間を稼がないと。あれだけ派手に爆破したんだ。そろそろ副長たちがこの場所を発見するはず。

彼らが来ないにせよ、ターミナル爆破だけは止めないと。

「大義の前にはこのくらいの仇は些事だと」
「無論」
「とはいえ私を監禁したのは悪手だったと思うが」
「何?」
「携帯を壊さなかっただろう」

爆弾魔の割に、最近の電子機器の進歩には疎いみたいだ。別に教えてやる義理もないので黙っておく。心配性な局長が持たせたものを思い出す。幸いな事に今の今まで役に立つ機会はなかったので、忘れかけていたけど、この度面目躍如となりそうだ。

見慣れた長い脚がふすまを蹴っ飛ばす。そして黒の上下に身を包んだ一団が部屋に入ってきた。

「御用改めである!神妙にしろテロリストども」

よく通る声。あたしにとっては誰よりも馴染んだ声に、少し泣きそうになる。でもこんなところで泣いている場合じゃない。まだ状況は終わっていない。

いざという時は内部に仕込まれた発信器が位置を知らせる携帯電話。正直子供じゃあるまいし過保護だと土方さんも沖田さんも山崎さんも、もちろんあたしもそう思ったものだけれど、厚意で渡されたものを拒否できないのは悲しい性。とりあえず受け取ってそのままにしていた。それの場所と犯人の尾行でここに乗り込んできたのだろう。

「真選組だァっ!!」

テロリストたちが一団の名前を叫ぶ。そう、彼らが。

「武装警察『真選組』。反乱分子を即時処断する対テロ用特殊部隊だ」

――あたしの居場所だ。

……だって言うのになんで。

「なんであんたらと一緒に逃げなきゃならんのです!?」
「貴様は人質だ。我らが大義を為すまでは付いてきてもらうぞ」
「最悪だ!!くたばれヅラ野郎!」
「ヅラじゃない、桂だ!」

本当に最悪だ。何が悲しくてテロリストと真選組の医者が逃避行せにゃならんのです?そーっと土方さんを振り返ると凄まじい形相で追っかけてきている。……このまま逃げたほうが良い気がしてきた。

考え込んでいる間に愚にもつかない会話を繰り広げる三人組と桂。大将の取り合いというか押し付け合いというか、まあそんな感じのしょーもないやり取りだ。

そのやり取りを半目で見ていた時、背筋にぞわりとするものが走った。自分を通り越して向けられる鋭い殺気。稽古の時、たまに本気にした時にぶつけられる殺気。全身の細胞がさざめいて命の危機を訴えかける。

「オイ」

脳が状況を整理する直前で聞こえた声を合図に、とっさに手を振りほどいて尻餅をつく。神経が痛みを伝達するよりも早く、切っ先が目の前を通り過ぎて壁に突き刺さって止まる。隣で「ぬを!!」と叫ぶ声がした。あと少し反応が遅ければ壁の花になってるところだった。

この速さの剣は数えるほどしか知らない。その中でこんな喧嘩の売り方をする人は真選組にたった一人だ。

「副長」

坂田さんとくだらない言い争いを始めた彼に、あたしの声は届いていないんだろう。なんせこの人も鼻がいい。見ただけで坂田さんがかなりやる人だと分かったに違いなかった。こうなるとあたしの安否なんて眼中にもなくなる人だ。……と思ったけどほんの一瞬だけ目が合った。目が合った一瞬、「さっさと立て馬鹿娘」と、彼が手にしている真剣のように鋭い目がそう言ったような気がした。立ち上がったところで、嫌な予感がして土方さんたちから離れる。ゆるい声が廊下に響いた。

「土方さん、危ないですぜ」

申し訳ばかりの警告からノータイムでぶち込まれた砲撃。ぴかぴかに磨かれた廊下に大小様々な木くずが飛び散った。こんな真似をする人は奇人変人揃いの真選組の中でも一人しかいない。

「沖田さん」
「相変わらずの小動物的直感ですねィ」

褒められているのかしら。とりあえずお礼を言うと、バズーカを持っていない方の手を振られた。

「生きてやすか、土方さん」
「バカヤローおっ死ぬところだったぜ」
「チッしくじったか」
「しくじったってなんだ!!オイ!こっち見ろ!オイ!!」

このやり取りも平常運転だ。それは土方さんも分かっているのだろう。彼は大きくため息をついて立ち上がった。そしてすたすたと歩き出す。他の人間だったら切腹を命じられて終わりなんだろうけど、懐に入れた人間にはなんだかんだ甘い人だ。……ただ単に、実力的に沖田さんに勝てないからとか沖田さんの事情とか、それだけの話かもしれないけれど。

「で、桜ノ宮。弁解があるなら聞くぞ」

アラ、あたしの弾劾は見逃してくれなかったみたいだ。テロリストに向けられるような鋭い視線をこちらに向けられると体がすくむ。でもやましいところはないので堂々と。

「怪我人の手当てをしていたところ、恩を仇で返されました」
「そりゃお気の毒さま。ったく、手間かけさせやがって」
「あれ、さっきの、助けてくれたんですか」

てっきり猛者に目星をつけて喧嘩を売りに行ったのだと思ってた。それを指摘すると、露骨に機嫌が悪くなる。微妙に殺意っぽいものを向けられているのか、体がぴりっとする。

「あ?あそこで出ないほうが良かったのか」
「いえ、喧嘩がメインなのに、よくもまあ恩を売れたものだなーと思ったんです」
「しくじった。声かけてやるんじゃなかったぜ」
「嘘ですよ。分かってます。助けてくれてありがとうございました」

土方さんは絞り出すようにため息をつく。空気が弛緩して、ささくれだった神経が落ち着いた。

「次はねーぞ」
「はい」

最終的にほのぼのした空気になったのもつかの間、あっという間に桂たちが逃げ込んだ先、池田屋15階のとある部屋にたどり着いた。一転して緊張した空気に包まれる。ふすまの向こう側には調度品を使ったバリケードが築かれているせいで、ふすまを外してもあちらの様子は伺いしれない。

「オイッ出てきやがれ!無駄な抵抗はやめな!ここは15階だ!逃げ場なんてどこにもないんだよ!!」

ドスの利いた声だ。そんじょそこらの人間なら震え上がってしまう声だけど、桂側の応答は無い。

これで犯人が出てくれば全員逮捕でジ・エンドなんだけども、相手は桂だし、そうもいかないだろうな。桂たちに投降を呼びかけていた土方さんといえば、めんどくさくなったのか北風と太陽のつもりなのか、沖田さんに呼びかけさせている。トーンがゆるいだけで内容はただの脅しだから、大して変わらない気がする。

「土方さん夕方のドラマの再放送、始まっちゃいますぜ」
「やべェ。ビデオ予約すんの忘れてた。さっさと済まそう発射用意!!」

なんとも締まりのない理由。それでも命令は命令なのか、それともみんな早く帰りたいのか、寸分違わない動きでバズーカが構えられる。土方さんが発射の号令を言い終わるかどうかのタイミングで、内側からふすまが破られた。

沖田さんの爆撃で髪のボリュームが増えた坂田さんがこちらに突っ込んでくる。その手には腰の木刀じゃなくて、丸くて数字が光ってる……爆弾。誰もが爆発に巻き込まれるのを嫌がって逃げていく。爆発物処理班はいないわけじゃないけれどたった10秒で何が出来るよ。せいぜいが液化窒素ぶっかける程度でしょ。そんで、液体窒素はここにはない。

「なにボケっとしてんだ!逃げるぞ!!」

俵のように担がれて坂田さんから全力で遠ざかる。吸ってないのに煙草の匂いがする。土方さんだ。

「すみません!あんまりにも予想外だったので固まっちゃって」
「アホ!ああいう時は一も二もなく逃げるんだよ!」

叱責もごもっとも。

ガラスが砕ける甲高い音とともに、坂田さんが窓の外に飛び出している。彼はその手に持った爆弾を思いっきり投げた。爆弾が池田屋の建物を追い越したところで、爆弾は本来の目標に使われる事は無く、空中で起爆した。ビリビリと窓ガラスが震え、腹の底に響くような振動が伝わる。一方の坂田さんはと言えば、爆弾とは真逆に地面に向かって落ちていった。女の子と男の子が坂田さんを呼んでいるけれど、無事だったんだろうか。怪我をしているのなら手当てしないと。体を捻って窓の外に目を凝らすと、いた。坂田さんはボロボロの状態でデパートの垂れ幕にぶら下がっている。その姿は正直みっともないけれど、誰よりも人間らしい。ああいう生き方をする人は決して嫌いじゃない。自分もあんなふうに生きられたらいいのにな。……今更ムシが良すぎるか。

ほっと息をついたところで地面に下ろされる。そして額にチョップを一撃。

「あいたっ」
「次はねェって言ったよな」
「面目ないです」

まったくだ。土方さんは吐き捨てるように言った。真剣に身を案じた上での言葉なのでただただ申し訳ない。

「二度も助けてくれて、ありがとうございました」

土方さんはフン、と鼻を鳴らしただけだった。照れ隠しだと分かっているので、何も言わない。

「なんとか一件落着ですね」
「何言ってんだ。俺達ゃ事後処理があるだろうが。取り調べとか、怪我人の手当とか」
「そうですね。ドラマの再放送もこの騒動でパァでしょうし、今日はひどい日です」
「桂はぜってー許さねェ」

今日の再放送楽しみにしていたみたいだから恨みもひとしおみたいだ。あたしも恩を仇で返されたのでそれなりに腹が立っている。思い出してむくれていると、土方さんが思い出したように言った。

「あ、そうそう。お前も事情聴取で拘束されっから」
「えええーーーーー!!」
「当ったり前だろ!この事件の重要参考人だぞお前!」

こうなるとしばらく行動が制限されてしまう。という事は冷蔵庫に入れてあるとびっきりのお酒もお預けという事で。現実を理解して、土方さんにすがってみるも、取り付く島もない。お楽しみを奪われた土方さんはそれなりにカリカリしている。どーにもならない悲哀を理解してうなだれて、天井を仰ぐ。息を大きく吸って、声帯を震わせる準備をした。

「今日はお酒飲もうと思ったのにーーー!!!」

夕方の池田屋の廊下に、一人の女性の悲鳴がこだました。
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