夢か現か幻か | ナノ
Tacitly
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「そうか。――じゃあ、こっからは俺の好きにやっていいんだな」

浪士というか悪ガキ達、それに鉄をかばうように立っているのは、見覚えのありすぎる白髪頭。

――坂田、銀時。

池田屋、幽霊退治、煉獄関、将軍の夜遊び、伊東先生の件、六角事件、将軍のお守り旅行、マダムの件、ラブチョリスその他諸々……真選組のゆく先々で出くわす、疫病神とも、事態の打開への端緒とも、どちらとも言える奇妙な男だ。

その旦那を見据えて、土方さんは吠える。

「てっ……てめーはァァァ!!」

一体何をやらされているのか、彼はエクステを付けて普段の傾いた格好をやめて、と変装して悪ガキに紛れ込んでいる。おそらくは電話の相手、佐々木に依頼されて、やんちゃ坊主達に混ざり、そして見廻組を手引した。推測でしかないけれど、そういうことなのだろう。

誰と話しているのやら、携帯電話を片手に持っていても旦那は、かなり強い。そりゃあ、土方さんが軽くいなされるくらいだ。見廻組隊士らの実力は知らないけれど、隊長でもない連中の手に追える相手ではないのだろうな。

旦那と佐々木は何かしらの会話を交わし、相手側が何かを喋っているその時に、ヘリコプターが現れた。幕府が配備している多目的ヘリだ。機銃の威力は折り紙付き。あれでぶち抜かれれば、棺の蓋は開けられまい。

銃口の先にいるのは浪士、旦那、鉄、そして土方さんとあたしだ。出入り口は見廻組が固めている。なるほど。まんまとおびき出されたのか。遺体がミンチになると、鑑定しなければ誰が誰やらになるから、マジで勘弁してほしい。

見廻組を撃破して囲みを突破するのと、機銃で自分が肉塊に変わるの、どっちが早いかな。……どう考えても後者だな。そもそも交戦事態不可能だから詰みに近い。それに、この勝負、よしんば土方さんが助かっても、鉄が死んだら、結果は同じだ。これも詰み要素だ。

さて、どうしたもんかね。

「まァ、待てよ。俺ァ、何も真選組につこうってんじゃねーよ」

だろうな。さんっざんいがみ合った相手だ。危機的状況であっても、手を組めるとは思えない。

「生来、ポリ公とは気が合わねェ。真選組く ろにも見廻組し ろにも交ざるつもりはねェ」

「たかが悪ガキ共相手に、江戸の二大警察がこぞって情けねェ。身内救う事しか考えてねェ不器用なポリ公に、誰も救おうとしねェ器用なポリ公」

褒めるなやい。照れ臭くなって頭を掻くと、隣の人に頭を叩かれた。それなりに痛い。地味に食らってるくせに元気ですこと。

「どっちの味方も御免こうむるぜ。俺ァ、かよわい後輩どもの味方させてもらうとすらァ。てめーらが何も救わねェってんなら。……俺ァ、罪人だろーとまるごと救いとってやらァ」

「――来いよ、鬼の副長。まずはてめーからだ」

「この攘夷志士、白夜叉の首、とれるもんなら、とってみやがれい」

いつぞやの池田屋の件。桂があんな策を巡らせてまで獲得しようとした男の正体。ぶん殴られた頭が混沌としていたせいで、聞き漏らした旦那の正体。それがあの伝説の攘夷浪士、白夜叉だったとは。

……そりゃあ、出くわす度に厄介事が起きるわけだ。

世の中には、ああいうのがたまにいる。全てを巻き込む渦のような男が。渦が運ぶものは厄介事も多いけれど、事態をいい方向に動かす何かである事もなくはないんだ。今回は何を運んできたのやら。

土方さんは万事屋の旦那、いや白夜叉の名乗りに、しばし沈黙したかと思うと、心底おかしそうに笑った。とんでもない人間を歯車に巻き込んだと語りつつ、見廻組隊士達の前に出た。

「やめとけ。奴ぁ……あの天下のバラガキは、てめェらの手に負えねェ」

土方さんの前には、構えも未熟なやんちゃ坊主共と奴らの大先輩・白夜叉。後ろにはそれなりの練度の見廻組隊士。囲みの中央で、土方さんと白夜叉は対峙していた。この人に襲いかかる無謀な隊士がいるとも思えないけれど、土方さんと背中を合わせて、白い制服の集団を睥睨する。

「ガキ一人に踊らされてた野郎がぬかしやがる。そのヘッピリ腰でやれんのか。暴れやすいようにいっそ、人質ぶった斬ってやってもいいんだぜ」
「殺れよ」

土方さんは簡潔に鉄の始末を言ってのける。やることはやった、その上で彼の存在故に本来の仕事が滞るのならば殺ってしまえと。背を向けているから見えないものの、おそらくは、不敵な笑みを浮かべて。

「俺にとっちゃ、そのガキも後ろのガキどもと大して違いねーよ。いや……俺もお前も大して違わねーだろうよ」

あたしの後ろから、「お前もな」とばかりに握り拳で横っ腹を突かれる。つまりは、あたしと土方さんも変わりないし、白夜叉とあたし、ひいては後ろのガキんちょとあたしも変わりない、そう言いたいのだろう。

「今さら、ガキの一人や二人、殺った所で変わるかよ。そんな大層な人間じゃねェだろ。許しを乞うつもりも、許してもらえるとも思っちゃいねェよ。そんな身で、罪を裁くつもりも、さらさらねェ」

土方さんは、これを話しながら、どんな光景を思い浮かべているのだろう。蔵の中で話してくれた、兄上を護ろうとして暴漢を傷つけた、その光景だろうか。

「だが、罪は裁けなくとも、罪を雪ぐことができなくとも、俺達にしかできねー事もあんだろ。てめーと同じ過ちを犯さねーよう、止めてやる事はできる。過ちを受け止め、前に進む術を教えてやる事はできる」

敵前だというのに、泣き出したくなった。あたしを助けたのは、つまりはそういう事なのだ。本人曰く、大層な人間じゃないからこそできる事。同じように許してもらえない者として、他者を導こうとしてくれていたんだ。きっと、鉄もそうだったのだろう。

背中合わせの人が、あたしへ前に進む術を教えてくれたから、今こうして、戦えている。何度も蹴つまづきながらでも、大切なものを取りこぼさずにいられる。

お礼を言う代わりに、少しだけ高い位置にある一回りも二回りも大きな手の甲に、自分の拳をぶつける。あちらからも、答えるように拳をぶつけられた。

「俺ァ、どっかのものわかりのいい野郎のように、誰も救えねェなんて諦めるつもりはねェ」

「悪ガキが、 罪人わるがき 見捨てたら、シメーだろーが」

「それでも殺るってんなら、殺れよ。悪ガキ」

土方さんの言葉の直後、ドゴ、と鈍い音がした。束の間、土方さんの背後を警戒するのも忘れて、彼の身体越しの鉄達の方を振り返る。

落ちていく、縄でグルグル巻きの鉄。蹴り上げた脚は白夜叉のそれだ。敵の見廻組はもちろん、同志?の暴挙に味方のやんちゃ坊主共も絶句している。あたしも開いた口が塞がらない。

「ホントに殺る奴があるかァァァァ」

流石は真選組で数少ないツッコミ名人の土方さん。彼は、硬直よりすぐさま回復して、白夜叉に斬りかかった。

さて、下には既に山崎さんや近藤さんが待機しているとして、この後の筋書きはどうなっているのか。

この場合の障害物は三つだ。

まず見廻組のヘリコプター。

次に土方さんとあたしを囲む見廻組隊士。

最後に外にいる見廻組隊士。

これら全ては見廻組、警察組織なので、真選組の交戦は不可能だ。やってもいいけど査問委員会送りが確定する。そうなれば元の地盤の関係で、圧倒的不利なのは真選組だ。

しかし、つまりそれは、考え方を変えれば、真選組の仕業と分からなければいい。

と、すれば、あたしが次にやるべき事は――。

「すみれ!分かるな!?」
「もっちろん!」

煙幕、そしてヘリコプターの風防ガラスの破損。混乱のるつぼにいる白い制服の男達の背後より、刀の峰をぶち当てる。男は小さく悲鳴を上げて、地面に転がった。多分、死んでない。隣でうろたえている大男も同じように地に伏せてもらう。

「土方さん、こっちは終わりました」
「おう。ウチの制服着せるぞ。おい、てめェも手伝え」

荷物の中身を白夜叉やらと分担してテキパキと着せていく。看護師も兼ねた事をしているので、この手の作業には割と慣れている。煙幕が晴れてしまう前に、すべての作業を終了する事ができた。これで証拠隠滅完了だ。

そして剥ぎ取った白い制服を身にまとい、靴を履き替えれば、遠目からでは真選組と判別つかない。流石に顔でバレるだろうけども。

どさくさに紛れて手錠と捕縄をかけてやり、縄を引き、階段を駆け下りる。向かうは近藤さん達の元だ。彼にもこれを渡さなければ。

駆け足しつつも自分の胸元を見下ろす。胸は大きさゆえに潰しきれなかったものの、シークレットブーツで身長のかさ増しと、見せかけだけのショートヘアスタイルで、マジマジと観察されない限りは女性と判別できないようにした。雑な男装だけど、多分、行けると思いたい。

数メートル上から、コンクリートを削る耳障りな音、その直後に男の悲鳴、そして硬くて重たいものが地面に落ちる衝撃の音、それに混じって金属のひしゃげる音がビルの中に響いた。パラシュートのカーキ色の布地が二つ、クラゲのように宙を漂っている。

そういえば、ちょっと前の土方さん、手榴弾型のマヨネーズディスペンサー買ったって嬉しそうにしていたっけ。大方、ヘリパイがそれを本物と誤認して、避けようとしてプロペラがビルに接触。そしてコントロールを失ったヘリは重力に従って落下、といったところだろう。幕府のヘリの射出座席は、ゼロ高度からでも安全に脱出できる。おそらく死人は出ていないはずだ。

「近藤さん、山崎さん、これを」
「見廻組の制服か、助かるよ」
「で、どうしますか」
「鉄と容疑者を連行するぞ」
「はい!!」

有無を言わせず捕縄を引っ張り、男を連行する。狼狽の声が聞こえてくるが、振り返らない。「そんな格好しても俺のセンサーは騙されねーぞ!!ビンビンだわ!!」などと供述しているが、なんのことやら。

あっさりと見廻組の包囲をかいくぐり、しれっと真選組に鉄と容疑者を託した。

そしてシメだ。

よろめきながら面を上げた土方さんの顔を白いロングジャケットの肩越しに眺める。息が上がっているのは、演技ではなく本気だろう。貧血と疲労が限界に達しつつあるはずだ。だから、あたしがしっかりしなくっちゃ。

左右の近藤さんと山崎さんの刀の間で、男の後頭部に突きつけた黒い金属の塊にぐっと力を込めた。

「――そうですか。おそらく見廻組に成りすまし、突撃隊をだまし討ちにすると共に、ヘリの銃撃を見廻組に向け、同士討ちさせたのでしょう」
「しかし何分屋上の閉鎖空間でおこった事ゆえ、査問委員会にかけても攘夷浪士による犯行であると言い逃れされる可能性がありますな」

土方さんの言う通り、査問会行きになったとしても浪士のせいにして生き残るために、このような状況を作り出したのだ。

「さらには此度の私闘、挑発してきたのは真選組あ ち らとはいえ、先にしかけたのは見廻組こ ち ら。我々の責任も問われるのは必須ですよ」

ああ、そうだったのね。山崎さんの言葉でようやっとそのへんの事情が飲み込めたあたしは内心こっそり頷いた。そういや黒い真選組のジャケットが両断されてひらひらしてたっけ。

「――どうでしょう。事件も無事解決したことだし、何やら手柄もおいていてくれた事だし、今回の件は痛み分けという事で、お互い不問に付し、手を引かれては」
「真選組を査問委員会にかけて、『見廻組が、なぜか“計画”について知っている』などと暴露されてしまうのもマズいでしょうし、ね」

『赤泉計画』を知っていて、なおかつ桜ノ宮すみれの正体を知る人間は数少ない。

実験を主導した、おそらくは天導衆の連中。彼らはあたしを失敗作と把握した上で、敢えて泳がせているフシがある。幕府の手駒として大人しくしている内は、放っておくつもりのようだ。

土方さんと沖田さん、それと山崎さん、彼ら真選組の中でも限られた人員。これはあたしを匿ったのが組織的な行動でないと査問委員会で説明するためだ。

源外さんとたまさん。とある一件の後、人を文字通り裸一貫で放り出したジジイをシメるついでになぜ知っているのか尋問したところ、彼らも他人から聞いたような口ぶりだった。

最後は可能性の段階だけど、一時期和田が身を寄せていた、高杉の鬼兵隊。その可能性が浮上したのは最近になってからだ。紅桜の一件で破壊され、真選組によって海底よりサルベージされた高杉の船の内部から、『赤泉計画』の設備と酷似したそれが発見されたのだ。

この事実は素知らぬフリで上層部に報告された後、一部の資料の破棄を命じられた。今では関係者の一部しか存在を知らず、さらにその設備の正体と資料が溶融を免れた事を知るのは、真選組のごく一部だけだ。

それらの状況証拠が示唆するものは、高杉達が――おそらくは和田を通じて――『赤泉計画』について一部でも知っている、という事だった。

源外さんについては、国体を揺るがす大事件を首謀した咎がある。その際に、高杉と関わっていた可能性がある。事が事なので誰にも報告していないが、これも高杉が『計画』を知っている可能性を高めていた。

まあ後者二人はいい。法に縛られていない存在だからだ。

しかし、浪士でもない、たかが警察のいち部門の長でしかない佐々木が、なぜ『計画』を知っているのか。自己保身に熱心な天導衆の連中が口を滑らせるとは思えなかった。だとすれば、漏洩元は限られている。

幕府という縛りのない高杉が『計画』について佐々木に喋った。つまり、佐々木と高杉が繋がっている疑いがある。

……あたしは、この一件でそれがほぼ確定していると直感した。

あたしは自分の手のひらの中のものを守り抜くために、この場を借りて牽制しておく必要があった。

「いかがでしょうか、局長」

土方さんの声に合わせて撃鉄を起こす。少しでも抵抗すれば発砲もいとわないという意思表示だ。

「浪士達を捕縛してきなさい。……結構です。人質はくれてやりましょう。事件はもう解決しました」

終話ボタンが押されるのと同時にデコッキングレバーを操作して撃鉄を静かに下ろし、安全装置をセットする。銃をホルスターに仕舞い、土方さんと共に、真選組のパトカーに向けて歩いていく。

「英断心より感謝いたしますよ、局長」
「いえ、これからも、お互い江戸の治安を護る者として、頑張っていきましょう」
「ええ、せいぜいエリートの足を引っ張らないよう、気をつけますよ」
「ご謙遜を……アナタ達は立派なエリートですよ」

首だけで、振り返る。「――悪ガキの、エリートだ」そう言った佐々木の顔は、奥底に隠している野心を伺わせるには十分すぎる顔をしていた。

もしかすると、この嵐は、まだ予兆に過ぎないのかもしれない。
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