山崎に教えられた『俺の嫁天下一武闘会』なんつーふざけたイベントにカレシとやらで参加する気も、その資格もない。だが、今日は独特の熱気っつーか臭気漂う会場に身を置いていた。……会場の警備として。詳しい事情は省くが、警察の特権ってやつだ。
この会場には近藤さん、総悟、そしてすみれがいる。総悟は近藤さんがハマってるのを見て興味を抱いてプレイしたらしい。その割にはゲーム機持ってるのを見かけないが。
それにしても傍から見ると恐ろしい空間だ。どいつもこいつも、ゲーム機の中のプログラムが現実に存在しているかのように振る舞ってやがる。確かに最近のゲームは良く出来てるが、それにしてもこうまでハマるのかね。トッシー成仏させてよかったと心の底から思った。
にしても、趣味嗜好は割と偏ってるな。画面の女はどれもこれもコスプレじみた格好ばかりだ。この臭いといい、コミケ会場を思い出す。人垣の向こうに見慣れた銀髪を見かけて顔をしかめた。相手も同時に気が付いたのか、スススっと寄ってくる。来るな。伝染る。
「あれ?土方君じゃ〜ん。何?オタクも彼氏なの?」
「なわけねーだろ。俺は警備だ、警備」
「とかなんとか言っちゃって、実はすみれちゃんの身辺警護に来たんじゃねーの?」
「万事屋そんな事言ってやるなよ〜トシってば照れ屋なんだからさ〜」
「照れてんじゃなくて、実際はヤキモチだったりして〜ホラ、女に女寝取られたから。しかも0と1でできた女」
「テメエは一々一々……人に突っかからねえと生きていけねえのか、あァ?」
「いやあ妬けるよなあそりゃあ。前よりずっと綺麗になっちゃったもんなすみれちゃん。他の女に惚れたせいで」
そうだ。綺麗になったのは悪いとは思わねェ。そりゃあ、綺麗になれば俺だって……のは間違いない。だが、他の女ができて綺麗になったってのが許せねえ。
俺のその本音をよりにもよって万事屋の野郎に暴かれたのが心底気に食わねえ。俺は無線のスイッチを入れた。
「オイ、この白髪野郎を会場の運営妨害でつまみ出せ」
「あああ、チョット待って!悪かった!銀さんが大人気なく本当の事言っちゃったのが悪かったから!」
「悪いなんざ一つも思っちゃいねーだろうが!」
「まあまあトシ。ココは俺の顔に免じて許してやってくれないか。新八君、ひいてはお妙さんのためなんだ」
近藤さんにここまで言われちゃ、許さざるを得ない。深々とため息をついて、無線で伝達した命令を取り消す。
「……ったく。次はねーぞ」
「へいへい」
これ以上奴らに構うのもアホらしいので、無視して会場に視線を走らせる。すぐさま目的の女を見つけられるのは、奴が数少ない女だからか、それともその場から浮いた人間を見つけ出す俺の職業病か、あるいは……。
なかなか刺激的な格好のカノジョが多い中で膝丈の白いワンピースにかんざしを変えただけのすみれのカノジョは浮いているように見える。つーかこの空間に参加している生身の女って点からしてえらく目立つんだが。アイツ以外に女は……いた。アレは万事屋のストーカーしてるくノ一か。アイツの持ってる画面に映ってるのは、アレはアレか?万事屋のコスプレしたピン子か?……マジかよ。俺は万事屋に密かに同情した。
浮いてるのはもう一組いた。くノ一と同じように、ピン子を連れている柳生のところの変態だ。奴は九兵衛に似せようとして失敗したピン兵衛と赤ん坊プレイをやっている。……………………九兵衛の名誉のためにも、見なかった事にしておこう。
俺としてはちっせー画面の中のデジタルカノジョや他の有象無象よりも、すみれの格好の方が惹きつけられた。白く清楚なワンピースの裾がヒラヒラ揺れているのを見ると、その内側を暴きたい欲が芽生えてしまうのは男の本能か。やや筋肉質な脚を惜しげもなく晒している姿に、チラチラと俺の心が燃えているのを感じる。
カノジョを総悟に横取りされた近藤さんも、万事屋のメガネが持ってきたゲームにどよめく男共も、全てを尻目に俺はすみればかり見ていた。……これだから万事屋の野郎には会場の警備じゃなくて個人の警護だろって揶揄されるんだ。
司会者が登壇し、大会が始まった。
司会者の言葉尻を捕らえた抗議で一瞬面倒事の空気になったものの、大会は順調に進み、万事屋のメガネが決勝に進出した。ついで総悟とすみれの予選グループだが、総悟は近藤さんから奪った女に調教してやがった。よく大衆の面前で性癖さらけ出せるなお前……?
その一方ですみれは、女と楽しげにデートしている。友達の距離感ではなく、恋人の距離感で。胸を掻きむしりたくなるような衝動をこらえた。
そして案の定というかなんというか、総悟の女の扱いにキレた連中が怒りの抗議に出た。しかし、他人のゲーム機に手を出して勝手に人のカノジョを調教していた総悟に、予選グループの女は全員寝取られたらしい。これ、犯罪になるの……か?
次々と戦意を失うカレシ共。だが、その中に唯一人、戦意をたぎらせる女がいた。誰あろうすみれだ。女は完全に臨戦態勢だった。今にも鞘から刀を抜きそうな女を見て、オタク共は波が引くように道を譲る。向かう先はテメエの女を寝取った不逞の輩だ。
「沖田さァん、姦通罪って知ってます?」
「夫婦でもなんでもないだろアンタら」
「やかましいわ!!百合の花園に男は不要也ィ!!!!!!」
いや、言うてお前バイだろ。突っ込みは届かない。
「百合畑に混じるネギ野郎は死ね!」と滅多に無いほどキレたすみれは抜刀し総悟に斬りかかった。オイオイ、マジかよ!止めに出ようとしたが、司会が無線で止めるなと言ってきやがった。いや、デジタルデータのカノジョを巡って女と男が恋の鞘当てなんざ、傍から見りゃ面白いのは分からんでもないが、コイツらが本気になったらどっちか、多分すみれが死ぬぞ!
「オイちょっと道あけろ!――総悟ォ!すみれッ!馬鹿な事は止めろ!私闘は局中法度で禁じられてるだろうが!」
オタクの人垣に遮られ、俺の声は奴らに届かない。クソ、無駄に体積ばかり多い連中が……。その間にも総悟と桜ノ宮の剣戟は白熱していく。総悟もすみれも本気になってねーか?クソ、これは下手に割り込んだらどっちかが死ぬぞ。
すみれ、成長したな。前は総悟が割と手を抜いてたはずだが、今目の前で起きている刃のぶつかり合いは、両者ともに一切手を抜かず、正真正銘、本気の斬り合いだった。鉄くれ同士が激突する高い音と同時に、照明よりもなお明るい火花が散る。奴らは互いの剣を知っているかのように、ぶつけ合っていた。
いつまでも続くかと思われた均衡が崩れたのは一瞬だった。すみれの剣がそれまでよりも急に研ぎ澄まされ、あの総悟がほんの僅かな時間、対応が遅れた。それが致命的だった。すみれの刀、その切っ先が、総悟の喉笛めがけてすっ飛んでいく。あれでは迎え突きもできないだろう。――マズい!総悟が殺される!
「もう止めて!!!」
声が出てこなかった俺の内面を代弁するように、ゲーム機がスピーカーの出力を無視して叫んだ。ピタリと、すみれの切っ先が止まる。総悟はその隙を見逃さなかった。
がいん、そんな音が俺のところまで届いた。すみれの頭蓋に、総悟の刀の峰がぶち当てられた音だった。すみれの体は中を舞い、そしてオタクの人垣の直前に硬着陸した。奴は頭の痛みに顔を歪めながら、それでも刀を手にしようと、柄に手を伸ばし、しびれているのかその手を落とした。
「……私のために、ごめんなさいすみれさん。でも、私、御主人様を愛しているの。だから、一緒にはいられない。本当に、ごめんなさい」
俺は人混みをかき分け、ようやっとすみれの元にたどり着いた。途切れそうな意識を、気力で持たせているのだろう、すみれは俺に気がつく事なく、カノジョの言葉に耳を傾けている。
「私がいなくても、あなたなら、きっと大丈夫。あなたのすぐ近くには素敵な人がいる。だから、自分の気持ちに向き合って、素直になってみて……。大丈夫、きっとその人も、あなたのことが……」
画面の中の小娘が、ちらりと俺を見上げたような、気がした。確かめようにも、すみれが気を失っちまってそれに気を取られたので、真実は闇の中、だが。
――とまあ、とんだトラブルもあったが、大会は滞り無く進んだ。近藤さんの女を奪った総悟は、それまでとは打って変わって女に調教され、決勝のデートスポット・ラブホでは店長が相手となり。
いや、なんでバーチャルの彼女抱くのにパンイチなんだよ。公然わいせつ罪でしょっぴいてやろうかお前ら。
いつぞやのゲーム対戦のように、唐突な出来事に万事屋のメガネが動揺してミスを連発する一方で、万事屋の野郎は平然と店長を揃えていく。
「お前は本当に彼女を愛していないんだ。だから彼女があんなになっても平気でいられるんだ!!」
「そうかもな。だが、この程度で冷めちまうお前のそれも、果たして愛と呼べるもんなのか」
万事屋は幻覚空間に囚われっぱなしの連中に説く。現実の女はゲームの中の娘よりもずっと醜い。だがそれでも受け入れ背負う幻想、強い思い、そして覚悟が愛というものなのだ、と。
全裸でさえなけりゃ、ありがてえ話だったんだろうがな。
「はは、全てを受け入れる愛、か。現実から逃げる愛じゃあ、沖田さんに寝取られるわけ、か……」
足をふらつかせながらも救護室から復帰したすみれは奴の勇姿()を見届けて、再び意識を落とした。
*
目が覚めると、今度は見慣れた医務室の天井とご対面した。天井の間の空間にねじ込まれる様に、土方さんがあたしの顔を覗き込んでいる。指、動く。足、動く。視界、異常なし。嘔吐、なし。
「起きたか」
「いったたたた……」
「あんだけ強かにぶつけられたんだ。まだ痛むだろうから寝てろ。記憶に混乱はないか」
「えーっと女の子を取り合って沖田さんと真剣勝負して……負けましたね」
「ああ」
「こっちは本気で殺すつもりだったのに、側頭部に峰打ちで済んでよかった、のかな」
「ああ。そこだけは総悟に感謝しとけよ」
確かに、そこだけは、沖田さんに感謝してもいいのかもしれない。
手指は動くか、足の感覚はあるか、色々聞かれたけれど、全部オッケーだ。こっちの世界に写し取られてから、大分頑丈になった気がしなくもない。なんせ1キロ程度の鉄の塊をフルスイングだ。アレ、下手したら頭蓋を砕かれていてもおかしくなかったと思うんだけど。
「そういや、旦那、全裸でしたね」
「ああ、あそこまでハマるのは流石にねーな。トッシーがいた頃なら分からんでもないが……」
「あはは……」
意識が落ちる寸前に、言われた事を思い出す。自分の気持ちに向き合って、素直になってみて、か。
「あの、」
「どうした」
「…………いえ、なんでもありません」
「そうか。じゃあ、今日一日安静にしておけよ」
「はーい」
いざ口を開こうとすればこうだ。鞘花ちゃんにははっきり言えたのにな。
……それから数日。結局、言いたかった言葉は肝心な時には引っ込んだまま。諦めと踏ん張りたい気持ちが拮抗している。
今日も自制を求める自分と猛進しようとする自分で板挟みになった自分を覆い隠して、土方さんに書類を提出する。
「なんだ。今日は爪の手入れしてないのか」
「……はい?」
「前は爪綺麗にしてただろ」
そういえば、鞘花ちゃんが沖田さんに寝取られる前は、定期的に爪を磨いてたっけ。土方さん、そういうの見ない人だと思っていたけれど、案外見てるんだな。
「化粧もその頃のやり方が……まあ、なんだ、よく見えていた」
「元が悪いみたいに言わないでもらえます?」
「素材はいいだろ。中身と盛り付けが悪いだけで」
「どうしようもない部分を突き刺すの止めてください」
「拗ねるなよ。……ああ、いや、こういうやり取りがしたいんじゃなくて、だ」
単語にならない母音を何度も呟いて、その度に頭をワシワシと掻いて、もどかし気に顔を歪める土方さん。彼が何を言おうとしているのか、じっと待っていると、挑むような目であたしを睨み、そして、あたしの手をガシッと掴んだ。セクハラだ。野暮の極みみたいな単語を封じて、土方さんを見上げた。
「書類のここ、間違えてるから修正してこい。それと、再提出までに爪、この前みたいに飾ってみろ」
骨筋張った指が、手の甲を滑って、爪にたどり着く。ネイルを剥がした指先は、甘皮の処理もしてないからか、ひどくみすぼらしく見えた。
「なんで、そんな」
「……この前の白っぽいやつ、あれが、似合ってた」
驚いた。この人、そういうの、口が裂けても言えない人だと思ってた。
「まだ期限には余裕がある。うまくやれよ」
土方さんの言葉をうまく飲み込みきれないまま、書斎を辞して、掴まれていた手を見る。頭の中をグルグル回る、『似合ってた』の一言。
……普通に考えたら、業務内容とは全く関係ないセクハラものの言動だし、従う義理なんてないんだけど。
でも、せっかくなら、もう一度綺麗にしてみようかなあ、なんて。
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