田中 かおり

私たちは兼正の坂を上がっていった。途中からは見付からないようにと脇の木々の中を歩いていった。夕方だから少しは涼しくなったが、汗は止まらない。坂が終わり屋敷の入口が見えるところまで登ると木々に隠れて2人の人影が見えた。……たしか、恵の回りに居た子…、田中かおりとその弟のようだ。私は2人に声をかけようとすると夏野がぐいっと肩を引っ張って口を押さえ付けてきた。


「―!」

「静かに…。上を見ろ、兼正の奴がいる」


驚いて見上げると青い髪の男が2人を観察していた。…あの時徹に話し掛け、私を追いかけてきた人だ!夏野は慌てて声をかけるために走ってしまった。


「おいっ!!そこのあんたら何してんだ!?」

「な、夏野…?!」

「あんた確か清水の友だちだよな!?ちょうどいいや、おれたちあんたに訊きたいことかあったんだ!」


急に現れた夏野の兼正の男はそっと身を潜ませたようだった。私たちの存在に驚いて固まる田中姉弟。


「えぇ〜〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜かおり知り合い?」

「なっ…なんでしょう…?」

「ここじゃああれだし、帰りながら話そ?」

「………は、い」

私たちは彼らを引き連れ坂を降りようと誘った。あそこで話すのは危険すぎるから。坂を降りきって少し歩いたところで弟が思い出したと声を荒げた。


「あんた、去年引っ越してきた「工房」の人と雨音んとこの娘だ!用ってなんだよ!?」


バットで指されたことも工房、とまるで都会から来た余所者のように言う彼にイラッとしたようだがそれどころではないと判断したのか、一瞬睨んだ瞳を前へと向け直した。


「おまえたち、誰かに見られてたぞ」

「えっ!?」

「きっ…気づかなかった…」

「あんな所で何してたの?バットなんか持っちゃって」


2人は無言のまま目を合わせてもじもじと、まるで言いたくないどうせ信じちゃあくれないというような顔つきで黙りこくった。夏野はハッとしてもしかして同じ考えを持ってるんじゃないのかと思ったようだ。


「ひょっとして……おまえ達も切敷家が怪しいと思っている?」


カランと弟くんの手からバットが地に落ちた。呆然とこちらを見てくる。


「も、……ってまさか兄ちゃんたちも?」


頷く夏野に雄叫びと涙を交えながら彼が抱き着いてきた。こんな事に慣れてない、というかスキンシップが嫌いな夏野は嫌そうに離れろと言ったが、彼は聞いてなく、信じてくれる人の存在に歓喜していた。


「おれ見たのに!!死んだはずの人があの家に入るのを!!」

「!本当か?――いや待て」

「ここは兼正に近いからもう少し離れましょう」


私たちは門前御旅所と呼ばれる神社にやってきた。


「…ところであんた、清水の葬式で会ったよな…」

「私は雨音恭花、貴女は…田中、かおりさん?」

「うん」

「おれ昭!!!」


夏野は後ろを向いたまま、恵が書いた残暑見舞いを結城家に持ってきただろ、と確認した。責めるような口調ではないが、まるでしてはまずかったような雰囲気に顔を真っ青にしたかおりは小さく「…はい」とやっと口にした。夏野はそんなことは気にせず座った。少し間を空けて私も座る。


「そうか…いや責めるつもりはないし理由も言わなくていい」

「ただ、恵が持ってきたのかかおりちゃんが持ってきたのかはっきりさせたいだけだしね」

「恵ちゃん?え?だって恵ちゃんはもう…」


昭が私と夏野の間に座り込んできた。窮屈そうに顔をしかめるが夏野が急に本題に入ったのでそんなことは吹っ飛んだ。


「おまえたちは吸血鬼って信じる?」

「おれ見たよ!8月に死んだ製材所の康之兄ちゃんっ!!だから兼正に行こうってかおりをひっぱってきたんだ!」


……製材所。どうやら起き上がりは結構居るようだ。この村の人たちには起き上がる性質が強いのだろう、言い伝えが蔓延るくらいだから。


「坂道なのに息ひとつ乱れてなくて足取りも乱暴で気弱だった康之兄ちゃんらしくなかったけど振り返った顔は確かにそうだった!!おれんちと近所ですごく仲良しだったから絶対間違えっこない!!信じてくれるよね!?ねっ!!?」

「あたりまえだ。おれは清水を見ているからな」

「えっ…」

「めっ…恵!?」


どうやらかおりは混乱しているようだった。信じられない、でも恵と康之さんは死ぬ前に切敷の奥さんに会っているらしい。……切敷の、奥さんか…。


「だから確かめようと思う。清水の墓を暴くんだ!」



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