尾崎 敏夫

9月25日

正雄の甥が死んだ。それから正雄も死んだ。夏野は最初で最後の気遣いだと言って行かなかった。葵と保は不満そうだったけど、仕方ないと諦めていた。少し違和感のある夏野に私は電話をしてみた。


「――はい、結城です」

「あ、夏野?私だけど」


恭花か…と少しほっとしたように夏野は声色を和らげた。


「ねぇ、なんかあったの?通夜の後…」

「……清水の残暑見舞いを破って外に捨てたら次の日に無くなってた」


驚いて沈黙を作ってしまった。もしかして、恵は起き上がったのだろうか。否、起き上がったのだろう。確信を持って言える。やはり、清水恵は起き上がりになったのだ。そして彼女は、夏野を狙っている。…あんたに渡したりなんてしないんだから。いつの間にか受話器を握る手に力が入っていた。


「……起き上がり」

「俺も、そう思う。だから色々と調べてみることにした」


といってもホラー映画借りたり本を探したりだけだけどなと自虐的に笑う夏野。私は受話器を持ち直して私も調べると告げた。受話器を置いて私は息を長く吐いた。




9月28日

私は夏野と待ち合わせをした。思った事を報告するために。夏野は工房にあった製材を使ってつくった十字架をポケットから出してみせた。馬鹿らしい、だいたい清水が本当に死んでいたのかすら疑わしいと言った。


「…なら恵を診察した若先生に聞いてみましょう」

「そうだな」


調度寺の前の階段で話していたから尾崎医院は近い。無言で坂を登る。すぐに着いたけど、中に入るのに2人で躊躇していたが向こうからトボトボと肩を落として若先生がやってきた。どうやら診察の帰りらしい。


「夏野、見て…」

「――!」

「君たちは…たしか結城さんのところの息子さんと…雨音さんのお嬢さんじゃなかったかな」


よく覚えていられるなあ。第一、私はあの2人の娘じゃあないけどね。とりあえずぺこりと頭を下げる。


「はい…ちょっと先生に訊きたいことがあるんです」

「恵…清水恵さんのことですが…若先生が診察したんですよね?」


「診察もしたし死亡診断書を出したのもおれだ」


不思議そうにそう言った若先生は夏野と私の顔をじっと見つめた。


「たしかに死んでました?……その、脳死とかあるでしょう」

怪訝そうな顔をしていたが若先生はちゃんと死斑や死後硬直も見られたと教えてくれた。しっかり死んでいたようだ。でも、起き上がりになるには一度死ななければならない。私の中の確信を強めるには十分だった。


「じゃあ先生、恵が生き返ることは絶 対にありえないんですね?」

「はははは…あの状態で生き返ったらゾンビか吸血鬼だよ!」

自分が言ったその言葉で若先生は何やら気付いたようだった。夏野は聞いて損した、そんな顔つきで足早にそこを去ろうとした。


「きみ、何だってそんなことを訊きに来たんだ?」


振り返っただけで何も言わない夏野は私を呼んだ。私は歩きだしながらくるりと後ろを向いて尾崎敏夫を見た。


「貴方の出した答えで合ってると思うわ…どんな悪あがきをするのか楽しみ」

「!?君、ちょっと待っ…!」

笑って私は夏野に追い付くべく足を素早く動かした。…狩人が、2人になった。私は狩人ではない。…観察者だ。



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