村迫 正雄


9月17日

徹が死んで、否奴らに襲われてお通夜はその日に行われた。昨日来たばっかの制服で身を包み、夜の真夏の暑さが少し残っている外へと飛び出した。


途中で夏野と合流した。…流石の夏野も動揺と悲嘆から顔色が悪く、表情も固かった。無言の中、少し人のざわめく声が聞こえてきた。亡くなった人が居ることを表す喪中と書かれた紙が徹の家の入口に張られていた。嗚呼、彼も逝ってしまったのか。今さらながらそう思ってしまった。玄関を上がって居間に入ると奥に保と葵が座っていた。傍にはいつもとは違う2人にオロオロとした正雄。夏野が口を開いた。


「徹ちゃんは?」


保が何も言わず静かに指をさす方向に私たちは向かった。後ろからドタドタと正雄が追いかけてきた。


「な、なあ恭花…何だよあいつ」

「…静かに」


正雄をあしらってからそこに入ると優しい笑みを浮かべた徹―――――の写真が飾られていた。その前にはたくさんの白い花、それから棺。夏野は棺桶の中を覗いた。顔は、隠れていた。徹のお父さんが生気を無くしたような顔を上げて夏野を見つめた。

「やあ……」

「……顔見てもいいですか?」

「ああ」


棺桶についている小さな扉から白い布を取ると透き通るような白い顔の徹が眠っていた。本当にまるで、ただ眠っているみたいに見えた。夏野はその安らかな顔をじっと見つめた。


「…徹ちゃんの抜け殻だ」


私たちはようやく徹の死を認識し始めた。臓腑を鷲掴みにされたような何度経験しても慣れることのない吐き気のするような気分。その時ふと匂いがした。私と似たような匂いが。……まさか。


「肝心の徹ちゃんはどこに行ったんだろうな…捜す方法があればいいのにね」

「…まったくだ」

「お悔やみを言います、おれこういう場合の常套句って分からないんだけど……残念です…すごく、小父さんたちはそれ以上だろうけど」


頭を下げた夏野と同じように私も頭を下げた。なんで、こんなことになったんだろう…。


「そうだね…そうなんだよ…とても残念だ…自分が情けなくて悔しくてね」

「私たちもです」


そう言って私たちは立ち去った。後から正雄の泣き喚く声が聞こえた。まあ、そういうのもいいけどあいつは私はあまり…。


***


「ほんと徹ちゃんは優しかったよな…買ったばかりで封も切ってないCDを貸してくれたこともあった、なくなるもんじゃないし…って」


一人縁側に座ってぶつぶつと涙を溜めながら徹との思い出を語っている正雄。正直私は呆れていた。1番辛いのは親族、兄弟である保と葵だっていうのに…自分が悲劇の主人公にでもなったつもりなのだろうか。私は何も言わずに夏野の隣に腰掛けた。


「酒屋に野球のボールが入っちゃった時も取りに行ってくれたよなぁ保!!うん…そうだ!こんなこともあった!子供のころ尾見川に釣りに行った時…」


そこで言葉が途切れてギロッと夏野を睨みつけてきた。静かに何も言わずに喪に伏している夏野に正雄は気に入らないご様子で近付いてきた。


「…お前泣きもしないのな、少しも悲しんでないようだ…仏頂面して押し黙っているだけで」

一瞬正雄を睨む夏野もここでの争いはしたくないのか下を向いた。こいつ馬鹿?私も保も葵も喋ってないじゃない。なのに苛立ついて絡むのは夏野だけ?くだらない。


「おまえだいたい冷たいよ!!情ってもんがないのか!?」

「絡むな!おれたちが喧嘩していい状況じゃない」


その冷淡さにさらに苛立った正雄はぐいっと夏野のネクタイを掴んだ。


「おれがいつ絡んだよ難癖つけてんじゃねえぞ!!!」


今難癖つけて絡んでるのはお前じゃないか。葵と保も顔を歪ませてこちらを見ていた。


「喧嘩したいってんならまたの機会に相手してやるよ、だが今ここで保っちゃんたちに喧嘩の仲裁なんかさせんな」

「ここにいる間くらい、我慢してね」


だが私の言葉よりも夏野の言葉にキレているようでまだ左手はネクタイをぐいぐい引っ張ったまま。私は夏野の首にかかるネクタイを緩めてあげようと手を伸ばした。触れるとピクッと皮膚の冷たさに驚く夏野。…やば。


「お前…どっちが年上だと思ってんだ?」

「あんただ、だったらおれにできることぐらいできるよな?」

「くっ…なんだよその言いぐさは!!」

「いい加減にしてっ!!」


もう葵の我慢の限界を超えたようだった。立ち上がってキッと正雄を睨みつけた。


「ナツと恭花の言う通りよ!ケンカなら外でやって!」


怒鳴られる矛先が自分なのに驚いたのか呆然と顔を青くしながら正雄は葵に問い掛ける。


「な…何だよ葵ちゃんは腹立たないのかよ〜徹ちゃんが死んだんたぜ?こいつ全然冷たいよ…そうだろ?」

「冷たいのはあんたよ!ここで仲裁させるなんて!」


泣きながらへたりと壁に身体を支えるようにして座り込む葵に正雄はイライラしたようだ。なんでおれが悲しい気持ちを分かってくれないのか、1番徹ちゃんを気遣かってるのはおれじゃないか。


「おれが冷たい…?どこがだよ?徹ちゃんが死んですげえ悲しいよ、さっきからそう言ってるじゃないか!」

「そんなのあたしたちはそれ以上よ!うちの兄貴なのよ!?なのにあんたは自分だけ悲しい自分だけ正しいってアピールして結局みんなに何て言わせたい気!?あんたあたしたちを慰めに来たの!?それとも慰めてもらいに来たの!?」


さらに顔色を悪くさせる正雄は葵の隣にいる保に呼びかけた。…自分が正しい、そう言ってもらうために。でも正雄は下を向いて唇を噛み締めるだけだった。それからこっちを見てきた。

「っ、恭花…」

「貴方が悪いの」


その言葉で逆に開き直った、というか逆ギレしたのかバタバタと走り去っていった。私たちはなんともいえない空気の中、葵の泣き声を聞きながらその場でまた徹の事を思い浮かべた。きっと、笑って仲裁してくれたことだろう。ふと左手が夏野の右手と触れた。少し低い私の体温。夏野は温めるかのように自分の右手で私の左手を包むように握ってくれた。



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