溢れた畏怖を抱き止めて
その日はもう時間も危ないので恵の墓穴に放り込み軽く土を掛けるだけにしておいた。無言のまま帰宅、夏野が危ないからと家まで送ってくれた。
「気をつけてね」
「ああ、恭花も用心しろよ」
大丈夫、とだけ答え私は家に入ろうとした。…開いて、る?不自然に入るのを止めた私に夏野が声をかけてきた。それを笑みでごまかし扉を開け急いで居間へと向かい寛いでいた2人の胸倉を掴んだ。
「ぎゃッ!」
「ねえ…誰が来たの…なんでうちが開いてるのよ!!」
「と、友達だって…小さな女の子が…カハッ!」
「友達…?」
嗚呼、成る程。そうやって中に入れてもらうのか。流石だ。ガキに入れ知恵をした策士が居るのだろう。多分辰巳だろう……ムカつく。
私は即座に家を゙閉じ゙た。
「いい?結城夏野と田中かおりと田中昭以外は私の許可が無い限りは家に入れないで」
「わ、か…た」
右手に母親役、左手に父親役の首を握っていたがペイッと適当に放った。ドシン、と尻餅をつく2人を鼻で笑い私は部屋に戻った。…遠くで動く気配。嫌な、予感がした。私は動きやすく目立たない黒い服を探しはじめた。
***
同日深夜
「――よし山入に帰るぞ。あとは節子さんが起き上がって仲間になることを期待しよう」
「ええ!」
「あれ?恵ちゃんは?」
「あら?本当だいないわ」
「もう先に帰ったんじゃないのか?」
節子さんを襲い終わった後、口元を血で汚しながらもざわつく彼らの中、辰巳だけはニヤリと笑った。彼女の行く先は分かっていたから。――――結城夏野。
「お前たちは先に帰れ。俺は恵くんを連れてこよう」
そう言いながら辰巳は走り出した。彼の家の付近、きっとそこにいる。上手いことそっちに人の気配が1つ、清水恵と武藤徹の気配があった。山の中から道へ飛び出す。誰かが小さな祠のような所の目の前でしゃがみ込んでいた。…見つけた。辰巳は人当たり良さそうな笑みを浮かべながら近付いていった。顔を上げた夏野の顔はあからさまに警戒心を剥き出しにしていた。
「や!あなたがっ!結城夏野くんですよね!?」
「おまえは…」
「こうしてきちんと挨拶するのははじめてでしたね!ぼくは辰巳といいます!あの桐敷家の使用人です!」
「…で?何か用?」
ここでにこやかだった辰巳の顔が変わった。狩人に近い、残酷な顔。
「あなたはたいそう聡明な方のようですね。ぼくたちの存在に気付いた最初の村人だ。さらに勇敢でもある。気づいたなら一人で村から逃げればよかったのにね…あなたはそうしなかった」
「それはあなかだとても優しいからです。引っ越してきてたかだか一年のこの村を見捨てられなかったのでしょう。少ないとはいえこの村には友人がいないわけでしょうし」
「でもね、困るんですよね。あなたが家で布団を被って震えているような人ならよかった。けどあなたはぼくらを狩ろうとしている…尾崎の先生と同じだ」
ここで2人から一切の表情がなくなった。
「狩人は駄目なのです 許されない」
「―――で、おれを殺したいと?でも殺されてやる理由はないんでね…全速力で逃げるけど?」
「や!それも楽しそうだけどぼくはもうちょっと楽しいことを提案したいかな!…恵くん出てきたまえ!」
林に向かって声をかける辰巳、ハッとする夏野。それに応える恵、彼らを見守る徹。
そして全てを鑑賞する女王。
「よし、二人がかりだ…思う存分やりたいようにやるがいいよ」
「!結城くん…わかって…あなただって…ぜんぜん知らない人よりいいでしょ?――――ね!結城くん!!」
じりじりと迫り寄る二人に夏野は後ずさった。そこへ背中から襲い掛かる徹。彼は夏野の首筋に顔を埋めた。叫び声をあげる恵、思った通りになり顔を楽しそうに歪ませる辰巳、泣きながらも欲望には勝てなかった徹、倒れる夏野。そして静寂が戻った。夏野は意識を失ったようだ。
「…さぁ、そこでずっと見ているつもりかい?」
「!?」「!?」
「なんだ…バレてたんだね」
恭花は笑みを隠さぬまま木から飛び降り3人の前に現れた。
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