冷たさは虚像に溶ける

10月1日 土曜



そういえば恵が死んでからもう1ヶ月以上経っている。湿気のある暑さも収まり人間にとっては過ごしやすい時期である。片手に握るシャベルを杖のようにしながら待ち合わせ場所に向かい歩いていく、途中で弔組であろう人たちとすれ違った。女の子がシャベルを持っていることに何人かは怪しんだが墓穴掘りの手伝いだと言うと皆納得して顔をしかめた。私はそんな大人(私も本当はいい年した大人であるが)を冷めた瞳で見つめた。しかし彼らは自分のこと、それから退屈でないことにしか興味がない。だがきっと、段々と大きくなる不安と恐怖に駆られるのだろう。非現実、なんてそんなものだ。近くにあるのに認めないから分からない、そして気付いた時は異常だ悪運だと罵る。人間なんて、そんなものだ。

うわあああ!と今から向かうところから叫び声がした。敵…!?慌てて走るとクエスチョンな夏野と冷静なかおり、尻餅をついた昭がいた。思わず呟いてしまった。


「……なにこの状況」



***



山道を登り少し入った所に恵の墓はあった。私はそこから死臭がしない事を再確認してため息をついた。――起き上がって、いる。辺りを見渡すと他の人の墓もちらほら。…気味が、悪い。たしかに私は人間じゃない。だけど死んでもいない。狭間の存在は総てが曖昧なのだ。ごくり、ここまでかおりの唾をのむ音がした。相当不安なようだ。そりゃあそうか、もしまだ恵が中に居たら今は腐敗真っ盛りだろう。溶けかけて変色した肌に筋肉、内臓諸々、湧いた虫たち、腐敗臭…。それらがまだ子供の目の前に突き出されたら死を一気に感じ恐怖するはず。ぺたんとよろけてしまった彼女の手に何かが触れた。箱…?


「これは…!」

「―何だそれ?」

「これ…あたしが恵ちゃんの棺の上に置いて一緒に埋めた誕生日プレゼント…恵ちゃん、都会の大学に行きたがってたからお守りを…。どうしてこんな所に?」


それは勿論、起き上がったから。


「誰かが一度掘り返したからだろう――じゃあいくぞ!」


それで少し自分の中の不安が薄れた夏野はスコップを柔らかい盛り上がった墓に突き入れた。それに続いて私と昭も土を掘り返す。それを見ていたかおりも何かを諦めたようにその中に入った。何時間も掘り起こしていくうちに日も傾いて夕暮れの赤い光が山々を照らしていた。早くしないと日暮れになる…、そう思っていた矢先にガツン、と漸くお目当ての物が出てきた。


「今の音…棺出た!?」

「そのようねー」

「呑気に言うな恭花急ぐぞ!早くしないと日が暮れる!」


蓋が開くように更に土をどかすと少し開いた棺が露になった。夏野が一気に蓋を引きはがした。姉弟が叫ぶ隙もなく中が公開、勿論中に恵はいなかった。


「いやああああっ!!恵ちゃん!!」

「うあ、空っぽだ!」

「決まりだ。清水は起き上がったんだ!」


1人上で土を均していた恵の啜り泣く声、それが急に現れた気配と共に消えた。


「や、やばい…!」

「ん、どうしたんだ姉ちゃん?」

「…かおりが、連れてかれた」

「何だと!?急ぐぞ恭花!」


シャベルを片手にヒラリと穴から飛び出した夏野は引きずった跡を見つけそれを追い走り出した。昭と共に穴からはい出て走る。向こうからガッ!と鈍い音がした。嫌な、予感。スピードを上げ夏野の背中を見つけた。その向かいには倒れ込む男。傍にかおりも居た。ガタガタ震えお守りをしっかり握り締めている。


「夏野、この人息してないよ」

「確かに…死んでいる」






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