私は人間になりたいといったソフィの顔を見続けることができなかった。他のパーティーメンバーもそうらしく、悔しそうに下を向いて唇を噛んだ。シェリアとパスカルは涙ぐみながらソフィの身体を抱きしめた。アスベルの悲しそうな顔は一際凄く、悲痛しか現れてなかった。手を伸ばそうとも私はアスベルとソフィの間には入れるような隙間はない。置いてきたソフィを思いながら私と男性陣はシャトルに乗ってアンマルチアの里を離れた。シャトルの中は終始無言でストラタに着いてもこの重い空気は変わらず溜め息と暗い顔ばかり。
「美々…ちょっといいかい?」
「どうしたんですか、陛下…」
私に声をかけてきたのはリチャード国王陛下だった。
「悩んでいるようだけど…ソフィのことかい?それとも…アスベルかな」
「………私ね、ソフィを助けたいです。でも私なんかよりもアスベルの方がその思いは強くて…、アスベルとソフィの間には絆があって…」
「……たしかにアスベルとソフィ、それから僕は幼い頃に友情の誓いをやった仲だよ。だからってそれが全てじゃないんだよ?」
「え、」
「僕はアスベルや美々、ソフィやシェリアさん、パスカルさん、ヒューバートにマリクたちと旅をしていなかった。最初は羨ましかったよ」
「そっ、かあ…。あの時はアスベルはラムダと一緒だったからね…」
リチャードは自分の掌を見つめた。白くて、少し細くて――、男の人の手には見えなかった。それでもこの中の誰よりも手に豆や切り傷、血を流してきた。たくさんのラムダから出てきたモンスターを斬った。自分はたくさんの罪を背負っていると言い聞かせ、国王という地位であるにも関わらずに世界各国を飛び回ってモンスター討伐の先陣をきっている。
「でも僕たちには時間がある。友情も信頼も絆も、これからゆっくり築いていけばいい」
「そっか…ありがとうございます陛下」
「僕にはタメ口でいいよ。それと陛下もダメだよ?」
人差し指が私の唇に触れてにこりと微笑むリチャード。…これ、わざとじゃないよね。ドキドキしちゃうじゃん。
「うん、分かったよリチャード」
「さて、僕の出番はこれまでだね」
「え?」
「君の王子様がこっちも見てるよ」 振り返ると少し不機嫌そうに頬を膨らましたアスベルがこちらを見ていた。…ずっと、見てたの?頬に熱が集まるのを感じた。
「僕はおとなしく引き下がるよ」
「…え、ちょ、っとリチャード…逃げるの!?」
クスッと素敵な国王スマイルでリチャードはヒューバートと教官の元に行ってしまった。入れ代わりに赤茶の髪を持つ白に身を包んだ青年が近付いてきた。
「美々…リチャードと何を話してたんだ?」
「…えっと、ソフィのこと、だよ」
疑わしそうに私をじっと見てからアスベルは私の両方のほっぺをギュッとつまんできた。
「いだだだだっ!」
「俺、に相談しろ」
真っすぐな瞳が私をしっかり見てきた。思いまで真っすぐで、直視できない。思いきって前を見ると紫が目に入った。…ラムダ。手を伸ばして彼の左頬に触れる。びっくりしたようでアスベルの肩が揺れた。
「貴方がラムダの時のように、私を受け止めてくれるの?」
「ああ、勿論」
「じゃあ私を受け止めてくれるなら、私もアスベルを受け止めるわ。これでおあいこよ」
ふふっと笑うとアスベルもへにゃりと笑った。赤毛が陽光に輝き笑顔をさらに際立たせた。……この胸の高まりは、もう少しだけ隠しておこう。私たちは同じ傷を守り、覆っている。その覆いを剥ぎ取るにはまだなにかが必要だ。溺れることは簡単だけど、助かることは難しい。慎重、悪く言えば臆病なのだ。ソフィの事もそう、私は今のアスベルとの関係を壊したくないのだ。もしソフィが人間になれたとする、それで心が離れることに脅えているのだ。私の偽善者ぶりに吐き気がしてくる。でも私はアスベルのその言葉を信じたい。そして私自らが言った言葉を信じてもらいたい。微笑みだけで蕩けてしまう、そんな私はどうなのだろうか。砂漠の照りは、私を輝かせる、偽りでも。
角砂糖は微睡んだ
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