神は7日間で世界を創り、楽園に男と女を住まわせた。



リドルは何度も読んだその本の脊表紙を撫でた。旧約聖書。擦り減って金箔の文字はもう読めず、くたびれたような頁たちだけが残っていた。くだらない人間の生み出した宗教の本。それを大事に持っているのが世界を恐怖へ落とそうとしているトムリドルだとは誰も思わないだろう。暗い冷たい部屋で敢えて端っこに座り込んだ。この状況を誰かが見たら驚くことだろう。偽っているとはいえ、あの誰からも人気で優しく、気さくで、優秀で、格好いい、スリザリン生とは思えないような好青年が暗闇の隅で聖書を抱えていたら。それはリドル本人ですら自覚済みなのがいやらしい。しかし、そのふざけた状況でもそれは彼の美しさを際立たせることしかしていないのも事実だった。素足のまま立ち上がり、そっと窓際に近寄りカーテンの端を摘んで横に引っ張ってみた。いつの間にか夜が明けていたようだ。さんさんと太陽が照っている。それを眩しそうに見つめてからまた分厚いカーテンを引っ張り戻して元の暗闇へと誘った。自分が作り出した暗い空間。それがもっと広がって世界を覆ってしまえばいいのに。独り部屋に溜め息が充満した。しかし今の彼にはこの部屋くらいしか闇を造ることしかできなかった。まだ、自分は非力なのだ。暗闇でぼんやり白く浮かんだ自分の両手を見つめた。皮膚が白いから、それは暗い中でも一際目立っていた。


「僕は、この世界を再構築する」


誰にでも言ったわけでもないが、その言葉が口から出てきた。恐怖で再構築、だなんてあの正義の味方面しているあの教授からすればその思考は愚かで残忍とでも言うのだろう。しかし考え方は人それぞれであり、自分だって欲に負けたことのある人間なのだから自分は正しい、だからこの考え、行動に従っていれば自分のようになれる、みたいに諭すのは止めていただきたい。そういえば、とリドルはそんな、ダンブルドアと似たような思考を持つ哀れな少女を知っていた。


「憐れだな」


鼻で笑ってやろうと思ったが、結局は溜め息しかでてこなかった。今自分が座り直していたベッドにぽん、と本を投げ出す。近くの本棚から魔法を使って引き寄せたのは真っ黒の表紙に、白の文字。タイトルは屍(し)に近付く、生(せい)に遠のく。死に近付くことが結局は生きながらえることに繋がる、的な内容の本だ。ぶっちゃけるとよこしまな内容の魔法や薬、儀式などがかかれている…闇の魔法使いが好みそうな内容である。これをしもべから手に入れた時は思わず喜んでしまったくらいにこの本は貴重で、面白く興味深いものなのだ。ふんと鼻を鳴らしてからぽすんとベッドに倒れ込んだ。……正直な話、優等生を演じるのは面倒極まりない。柄にもない笑みや身のこなし、誰にでも分け隔てなく接する――――。馬鹿げている。本当の僕は残忍で、支配者で、マグルを憎むスリザリンの血を受け継ぐ者である。しかし、崇高な計画の為にはこの偽善者優等生キャラは使えるために、ホグワーツの7年間をこれで突き通すしかない。しかも校長よりも鋭い糞狸もいる、これは誤算だ。そして僕に1番近く、遠いあいつ。


「美々、か…」


ふと部屋に自分の声が響いた。あいつは獅子寮のくせに僕にちょっかいを出してきたりする。笑ってあしらったがいつの間にか傍にいた。女共の間では一悶着あったらしい。どうでもいいが。アブラクサス曰く、女の怨みは恐ろしいらしい。くだらない。


「リドル…」


年頃の女にしては少し低めの声。しかし媚びることなく僕の名を呼ぶ声は耳障りではなかった。……ふと、あいつを闇に引きずりこんでみればどうなるのだろう、と変な事を思い付いた。あいつは愚かにもこの僕に同情に近い感情を抱いているのだろう。ならすぐに堕ちるだろう、哂って顔を伏せた。また顔をあげるとそこには先程の面影は一切ない、無表情で残忍な男がいた。ヴォルデモート、僕は…いや俺様はこの世界を支配する。また言い聞かせた。



「あいつは俺様を飽きさせないのだろうか」


なら、手元に置いて可愛がってやろう。玩具にしてやろう。いやしかしながら、闇の帝王と呼ばれる値する僕が、こんな小娘に構うなんてあほらしい。