甘い、香りがした。



脳内にまで入り込む香り、そんな筈はないのに。今の自分は任務が終わって、自分の身体から流れる匂いは、鉄錆臭い、筈だ。


記憶をたぐり寄せても何も――――否、違う。何かが思い出せそうだった、でも記憶がそれを妨げているような、そんな感じだった。



「あなたのきおくのいちぶと交ざりあえるのなら、死もいとわないわ」



ソプラノの声がする。でも聞き覚えがな、い………?そんなはずない、傍で聞いていたじゃないか。



「ボス…?」


「…あ、なんでもないよクローム」


早く行こ…?、そう言ってスルリと自然に腕を絡ませたクロームは少し妖艶に微笑んだ。



「―――――ねぇ、憶えてないの?」


「…?何がクローム」


答えようとせず女はただ微笑むだけ。急にあの時と同じように、甘い、甘ったるい香りが綱吉自身を包み込んだ。

こんな事はこの1度だけではなかった。部屋に食事中、今のように任務の時にも揺さぶられるように頭のてっぺんからつま先まで衝動が走る。



「……クローム、甘い匂いがしない?」


「…………」




ピタリと止まる足、10年前と比べて伸びた髪をふわりと揺らしながら振り返る。その瞬間にゾワリと鳥肌が立った。



「わたしは、忘れられてしまったの?」



「クロー、ム…?」



赤い瞳が憎しみと哀愁と、愛しさでぐちゃぐちゃに交ざり合っていた。クロームの、黒真珠のような色では、ない。





彼女はボンゴレの幹部と繋がるスパイだった。俺たちはそれを知っていた、泳がしているつもりだった。でも彼女の笑顔に見惚れ、何も言えずに、見てないふりを通し続けた。巨大マフィアのボス、守護者とあろう者たちがそんな事で…、と笑われるかもしれない。愛想をつかれたかもしれない。それほど彼女は俺たちの精神の支えだった。


彼女自身も自分の任務を遂行することを悩んだ。そして、自らの意思で消える事を選んだ。大切な俺たち、握られた命。天秤にかけた時にボンゴレ側が少し傾いたのだろう。


彼女は俺たちの命の為に、自分の命を犠牲にした。いつも微笑みを絶やさず、赤い瞳に俺たちを映して。懐かしいような嬉しいような、複雑な気持ちに襲われた。


「―――」


「どーしたの?」


「な、んで…クロームに…」

「愚問、ね…私の属性を考えてみてよ?」


「!霧…………」


彼女は笑いながら眼帯を外した。両方の瞳がルビーのように輝く。それから彼女はクロームだからこそこういう事が出来たと更に続けた。


「私は彼女と一緒、誰かに依存して、依存されないと生きていけないから……」


「………もう、お前は死んでるんだろ、なら――――」


「私は闇、」



ど こ
に で



わ。



みに

ぎ れ



次の瞬間、クローム(と骸)の愛用の武器が鈍く光った。斬、と空中を切り裂く。


「…………ごめんボス、もう大丈夫だから」


「く、ろーむ…?」



「もう、混ざってるから」


一瞬、音が無くなった。ザアッと風が俺たちの間を通り過ぎる、モノクロの世界。赤だけが美しい空間。

すぐに鮮やかに戻る目の前、眼帯を付け直して首をかしげるクローム。歩き出す、見なかったフリをして。


融解して浸蝕してひとつになる




エディ様に提出。
素敵な企画に参加させていただき
ありがとうございます。