「えっ……冗談でしょう?」
「そんなわけなかろう」

赤い瞳を細め教皇の椅子に深く腰掛けているサガを美々は睨みつけた。今日は珍しく仮面をつけていない…久しぶりの素顔に少し緊張しながらも先程彼が言い放った言葉を覆さなければと口を開いた。

「だって…私は一介の女官、貴方は教皇なのですよ?」
「身分など関係ない、俺が求めているのだぞ」

なんて横暴なんだ…!流石に言葉にはしてないが。


彼はサガ、とは似ているようで、似ていない。でもサガなのだ。私がこちらのサガに会ったのはアイオロスが反逆者として討伐されてからすぐだった。偶然にもその日の教皇宮の担当が私で、水差しの水を変えようと恐れ多くも教皇様の私室に入った時、そこにいたのが教皇シオン様ではなく双子座のサガだった。いつもの誰をも包み込むような小宇宙は微塵も感じず、ただ不安定に揺れ動く小宇宙と涙を流す見たこともない彼がそこに佇んでいた。驚いたが何か声をかけようとすると目の前でサガの髪の色が変わっていった。そこで、彼が出てきた。


「――…ぃ…、……おい、聞いているのか美々よ」
「…えっ、何ですか?」
「今日からお前の寝所はここだ、と言ったのだ」
「ご冗談でしょう?!!」

この人は分かっていない、どんなに彼が私を求めようとも彼は曲がりなりにも支配する者、私は支配される者。相容れないのだ。覆すことは許されない、それは聖域の運営や反逆者の出た後のこの危ない状況での彼に対する信頼にも関わるのだ。

「美々よ、お前も私から離れるのか」
「…………私は、サガの為を思ってるのよ」

髪や目の色が変わっても、聖人のようにいつでも優しいサガでなく悪魔のように欲望のみを誇示していても、彼はサガなのだ。ただ自分の悪いと評される部分を認められずに髪色や瞳を変えることで本来の自分じゃない、悪の心を持つ二重人格のように逃げ場を作っているだけなのだ。サガは潔癖なのだ、正義を大きく捉えすぎていて、更にそれを行うのが自分でなければと追い詰められている。

「私は、貴方を幸せにできないわ」
「それを決めるのはお前ではない、俺が、そうするのだ」

サガはそう言って不敵に笑んだ。その表情に思わず反論しようとした言葉は引っ込んでしまった。




「美々よ、幸せになる覚悟はあるか」