この日サガは珍しく執務に集中できなかった。後悔ばかりが出てきて部屋まで暗い空気にしていた。どうしたのか、と尋ねるにもその前にうわあぁあ…と頭を抱えながら嘆くサガを見て、誰しも見なかったフリをしてペンを動かすのだ。

「…はあ」
「あれ、何この空気」

教皇の間にいたアイオロスが執務室に入った途端に漸く皆が言えなかった言葉を口にしてくれた。サガはアイオロスに縋るような瞳をやった。若干、目が潤んでいる。

「アイオロスよ…私が可愛がってる美々は知っているだろう?」
「美々?……嗚呼、あの黒髪の長い子かな」
「そうだ。……つい先程双児宮に書類を取りに戻ったのだがな…その時にうちのリビングのソファーに美々がうたた寝しててな…あまりの可愛さについき、き、き…キスをしてしまったのだ…!うわぁあぁぁあ…」

なんだこの可愛い生き物は…!?って、あのサガが寝ている人にキス?何人もの黄金が耳を疑った。

「それで?」
「目が……合ってしまったのだ…」
「まさかだとおもうけど」
「逃げてしまった…」

苦笑いのアイオロスにガックリとうなだれたサガは再起不能という言葉がぴったりだった。不憫だなあ…とアフロディーテは思いながらもこんなことで悩めるなんて昔とかなり変わったのだなと平和な日常を噛み締めた。そこへ執務室の扉を叩く音が響いた。一番扉に近いアフロディーテが開けると黒髪が目に入った。

「…あの、中に入ってよろしいでしょうか」
「あぁ美々か…お入り」

サガはまさか渦中の美々がやってくるとは思っていなかったのでアフロディーテを制止することができなかった。開く扉、少し緊張した面持ちの美々が入ってきた。途端に固まるサガ(28)。

「あの…サガ、いいかな?」
「な、なななななんだい」

目線が定まらずキョロキョロしたままのサガの前に美々は苦笑を浮かべながら歩み寄った。

「サガ」
「…なんだい」
「貴方、私に言うことがあるわよね」
「……すま、なかった」
「…謝って欲しいんじゃないの」

え、と定まらなかったサガの視線がようやく美々で止まった。今度は美々が白い頬を染めながら目をキョロキョロとうろたえさせた。拳をにぎりしめ、何か迷っているようだった。

「…す」
「す?」
「好きなのは私もなんです!」

そう叫んだ美々の顔は真っ赤だった。誰もが驚き言葉を発せなかった。居心地の悪さに部屋から逃走する彼女の背中を見てサガも漸く我にかえり美々を追いかけた。長年の想いが進展しそうで、黄金たちはようやくヤキモキから解放される思いだった。サガと美々、伝えられず固まっていた愛がやっと溶けてお互いに流れ込むようだ。