私は目の前の一ノ瀬トキヤが気に食わなくて仕方なかった。技術も音程も才能もあるのに心がないから。これならおちゃらけてみえるお兄さんのHAYATOの方がいい。あーなんでくじ引きでこの人に当たったんだろう…。担任の龍ちゃんからやり直しを食らったときはまじ殴ろうかと思ったよ。
「申し訳ありません雨音さん」 「……大丈夫です」
本当は大丈夫じゃないけどね。苛々を抑え私は笑う。少し違和感があったのだろうか、無表情のまま顔を覗きこむ一ノ瀬にもう我慢できなかった。
「一ノ瀬トキヤ、貴方は何をしにこの学校に来たんですか?どれだけ音程が良くてもリズム感があっても譜面のままじゃあただの機械だってできます。貴方は聞いてくれる方への心や感情が全くみられませんこれならまだHAYATOの方がマシです」
ぽかん、と珍しい表情で一ノ瀬が固まった。面白そうに龍ちゃんが見てくるのに気付いて漸くレコーディングルームでやらかしたことに気付いた。
「す、すいません…」 「あ…待って下さい雨音さん!」
レコーディングルームから飛び出した私を追ってくる一ノ瀬に気付いて私は人通りのない廊下で止まった。
「…」 「…」
む、無言とか居心地悪いから早く話してくれないかな…?やっと口を開いたとおもいきやまたすみませんでした、と謝ってきた。思わず脱力してしまった。…私が、彼を導いてあげなきゃいけないみたい。
「一ノ瀬くん…焦って大切なコト、忘れてない?」 「大切なこと、ですか…」 「慌てないで大丈夫、きっとこの1年は素晴らしくなるよ」
美しい憂鬱に乾杯
卒業オーディション、楽しみだね。笑みを浮かべてそういうと一ノ瀬もおずおずと小さく笑みを作った。
(数話続きます)
|