十二宮へと続く階段を上っている途中美々は組み手の最中のアルバフィカとシオンに遭遇した。さすが聖闘士の頂点とも言われる黄金だけあってたかが組み手であってもピリピリとした空気が彼らの間には流れていた。…凄い小宇宙。思わず口に出てしまうほど2人の組み手は素早く攻撃的であった。それに比べて自分は……。悔しそうに唇を噛み締める。こういう時に仮面は本当に助かる。きっと今の自分の顔は歪みきっているからだ。同じ頃から修行しているアルバフィカに比べ劣る自分に美々は苛ついていたのだ。
「おっ、美々じゃねーか。なんだそのシケたツラは」 「…マニゴルド、何なのよ」 「お前…仮面付けてるからってその顔はしまっといた方がいいぜ?」
見えもしないはずの私の顔色をよく見てくる蟹は顔を覗き込みニヤッと笑ってから私とは正反対に下へと降りていった。私と違い真っ白な髪がふわっふわと揺れる。私は眼下に辛うじて見えるくらいの長さの自分の黒髪を指先でつまみ上げた。…私のこの汚い心を表しているかのように真っ黒。ギリシャでもあまりこんな漆黒の髪は珍しく、疎まれる対象によくなっていた。
「美々、」 「!……アルバフィカ…」
なんで気付かなかっただろう。よほど思考の海に溺れてたのか。すぐ後ろには組み手後なのに光速で走ってきたらからハァハァと息を切らしたアルバフィカが立っていた。いつもの黄金の聖衣ではなく訓練用の服を纏った彼は笑みを浮かべながら私に話し掛けてきた。
「君の姿が見えたから…。教皇から直々の任は終わったのか?」 「……ああ。久しいなアルバフィカ」 「また美々の手料理を食べられるのか…楽しみだ」 「はい、では教皇に報告があるから…」
あ。と声を上げたアルバフィカを無視して私は階段をまた上り出した。…馴れ合いは駄目だ。女神の為に私たちは生きているのだ。この感情はきっと、私の弱点となり生死に関わるものになるだろう。彼にも同じく。弱い私を彼に背負わせたくなかった。だから私は早く死ねるように教皇にお願いして大変な任を受けるようにしているのだ。怪我は私の聖衣の力で見えなくしている。ギィと大きく重い扉を開くと教皇セージが椅子に座していた。
「よく無事に帰ってきたな。…無事、といえどその怪我は私にはお見通しだがな」 「流石に教皇までは騙せませんか…」 「その術を解け。アテナ様に癒して貰うぞ」 「……アテナ様にこのようなことでお力を使わせるわけには…」
言いかけた私を他所に後ろからニケを片手にアテナ、サーシャが教皇の間にやってきた。
「美々、無理はいけません。どうか私に任せて下さい」
優しげな笑みを見て私は意識を放してしまった。…不甲斐ない。
***
「何故こんなに治りが遅いのでしょうか…」 「これは多分、美々自身の心の問題でしょうな」
なあんだ、バレバレだったのか。私は目を開くとアテナと教皇の顔が結構近くにあり苦笑を浮かべた。
「美々、貴女の傷の治りが遅いのは…」 「私が自分の心を偽っているから、ですか?」 「!分かっていてなぜ…アルバフィカも貴女と同じ気持ちでしょう!?」 「だからですアテナ!私たちはそのような私情で敵に弱みを握られてはいけないのです!」 絞り出すように叫ぶ私を見ていられず悔しそうに俯くアテナ。
「アテナ様、美々の言う事は正しいですぞ。我ら聖闘士は冥王に勝つため、貴女の盾に、剣となるためにこの聖域に集い修行をしているのです」
セージの言葉は二百数十年の重みがあった。アテナとしてサーシャも苦しそうに「そうですね」と呟いた。美々は頭を下げその場を立ち去った。早く行かないと、涙が出そうだから。双魚宮に帰るまでにこの涙を流しきろう。アルバフィカに、心配かけたくないから。
助けすら呼べぬ声で
誰もいない、そう思って声を出して泣いた。後ろからアルバフィカが見ていることに気付かなかった。
(それから数日後、任務のため薬師のいる島へとアルバフィカは旅立っていった。) (帰ってきたボロボロのアルバフィカが、私を避けはじめた)
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