ぽたん、と髪から滴った水滴がミルキィホワイト色の水面に吸い込まれた。そこから波紋が広がり、消える。私どうして、どうして忘れていたんだろう。


「びゃく、らん…っ!」


なんであんなに大切だった人を今まで忘れていたのだろうか。(それは白蘭の力で記憶を抑えられていたと知ったのは大分後の話だ。)静かだった浴室に響く嗚咽は私の口から漏れているものなのにやけに他人事のように気持ち悪く感じた。口元に手を持っていく、唇に冷たい何かが触れた。最近ずっと中指に嵌めていた雷のリングと薬指にあった銀色のエンゲージリングだった。それを躊躇なく2つとも外し、指先から放る。ぽちゃんとそれは白濁色の湯の底に沈んだ。

―――なんで私はボンゴレ側に居るんだ、なんで彼は敵だった、なんで今まで忘れていた…。久しぶりの指先の淋しさ、何にも縛られていない自分。ふと笑顔でいつも私を包む婚約者を思い出した。…そうか、いつも何故か悲しげにしていたのはこの事を知ってたからか。でも、今では憎いという感情しか出て来なかった。

私は若き十代目たちとは共に戦わず、ヴァリアーの任務であるミルフィオーレの残党対処に加担していた。今日も2陣ほど潰してきつ漸く寝床としているホテルに帰ってこれた所である。それゆえ、今イタリアに居る私は最終決戦を迎えている彼らの状況が分からなかった。

ぽたん、ぽたん。

目からも雫が流れる。この記憶を封じ込めたのは白蘭なのか、それともボンゴレなのか。そこにタイミング良く浴室の窓辺に置いてあった無線が入った。――ボンゴレの勝利、白蘭は死んだ――嗚呼そうか、ボンゴレが勝ったから術が解けたのか。



もう、私の愛した白蘭は居ない。



信じられなかった。これは夢だと思いたくって、私は瞼を閉ざした。沈んでから醒めたときはこれはきっと悪い夢だったに違いない。そう願ながら。湯舟の中、抱きしめた自分の身体はやけに冷えていて震えていた。











沈黙さまに
素敵な企画に参加させていただきありがとうございます。静かに水面に吸い込まれる一滴の雫のように誰かの心に波紋を起こすことを祈って。


(林檎を剥くナイフは猫被りの君でも痛々しく思えるような夢をみてしまったらしい)