シオンが漸く麓の村から帰ってきた。腕に抱いているのは、アルバフィカ…。一切の景色が灰色に見えた。彼の水色の髪が風に揺れる。閉じた瞳が開かれることは、ない。駆け寄ると悔しそうにシオンが唇を噛んだ。

「シオン様…嘘、でしょ…アルバフィカが…し、し、死ぬなん、て…ねぇ、アルバフィカ…起きて…いつもみたいに笑ってよ…」
「っ…美々…すまない」

覗き込んだ顔は少し血が付いていた。私が昨日洗って渡したマントは白からアルバフィカ自身の血で真っ赤に染まっていた。ぽたり、と私の目から涙がアルバフィカの頬に落ちた。まるで彼が流したように伝う涙。座り込んだ私の膝にシオンがそっと彼の頭がくるように置いてくれた。穏やかな顔でアルバフィカは眠るようだった。黄金の聖衣はまだ着たまま、彼は美しかった。瞳、髪、頬、ほくろ、唇、身体、腕、指…全てが愛おしかった。そっと撫でる。ふと自分の指から血が流れているのが分かった。…そうか。私は顔を上げた。ギラリとした瞳にシオンは思わず問い掛けてきた。

「…美々?」
「シオン様、教皇様にお会いしたいの」
「教皇に?何故…ま、まさか!」
「私に、魚座(ピスケス)の黄金聖衣を纏わせていただけるように頼みます」

まさかの美々の提案にシオンはびっくりした。彼女はただの女官、一般人だと思っていたからだ。そんなシオンに気付いたのか儚げな笑みを向けた。

「私は仮にも魚座の宮で働かせていただいた身、耐毒は身についておりますから」
「女性である君が生死の関わる聖戦に身を投じなくても…」
「女なのは関係ないわ、私は、アルバフィカの…敵を取りたいのよ」

笑みの中で頬をまだ涙が伝っていた。美々は愛しい逝ってしまったあの人を再度思い浮かべた。薔薇をこよなく愛し、麓の村々を気に入り、私に優しさを教えてくれた魚座の黄金聖闘士アルバフィカ…。そっと冷たくなったアルバフィカの唇に自分の唇を合わせて、美々は立ち上がった。瞳には決意が帯びていてシオンは止めることはできなかった。2人はアルバフィカの身体を薔薇園に横たえてから、アテナと教皇の元へと進んだ。

その日の夜、ハーデス城に居たパンドラは消えていた魚座がまた輝きはじめて驚いたとか。



どんな時でも、貴方は必要な存在だったの。