小さな幸せでよかった。それ以上は求めていないつもりだった。でも予想以上に自分が欲張りで、汚い人間だと今回の出来事で思い知らされた。所詮私は何処にでも居るような愚かな人間なのだ、特別なことなんてない。人間なんてそんなものだ、そして私たちの始まりは小さな生物であった。それが地球の変化や外敵により長い時間をかけて形を変え、進化し、今のような姿になったのだ。本能で人を求めるわりに理性で自分を守ろうとする。ヒトとは矛盾したイキモノなのだ。


一瞬の静寂が辺りが寒空に包まれた12月の真夜中だと告げているようだった。目に映る全ての景色が粉糖を塗したような雪に化粧され、肌にひんやりとした空気を伝える。はあ、と息を吐くとほんわりと白が顕れる。貴方と同じ白。


「寒いね」
「そうですね…。寒くないですか?」


そう言って自分の首元を温めていたマフラーを外して私の首元にそっと巻き付けてくれた。扱うそれをまるで壊れ物を触るかのように丁寧にまきまきしてくれているアレン・ウォーカー。私の大切な人。別に付き合っているとか、そういうものじゃあない。ただ今私たちはエクソシストであって、偶然にも同じ任務を与えられただけである。英国紳士とも言える行動にほんわかとした気持ちなった。ありがとう、と言って顔をちょこっとマフラーに沈めてみると甘い香りがした。アレンの、匂い。優しい彼らしいそれに今から戦場に向かいアクマと戦うなんて傍からは思われるないだろう。

「奴に耳を貸さないで下さいね」
「う、ん……」

ごめんねアレン、きっと私は貴方の言うことを約束できない。私の心はあの人に溶かされている。パチパチと身体を伝う刺激が心地好い。

「アレン、このままだと私たち…」
「不安なのは僕も同じです。でも弱音を吐いちゃだめだ…負けを認めてしまう…」

遠くから声が聞こえた。こんなに近くに居る筈なのに…。私はエクソシスト、人類を守る為に選ばれた使徒。それなのに…なんなのこのザマは。敵に心を掻き乱され、淡く汚い感情に支配されて、お互いを求め合って…。イケナイコトだって分かってるよ?でも気持ちを簡単に抑えることも消すことも私には不可能なんだよ、アレン。

―やっと来たな、待ってたぜ


耳元で待ちくたびれたような声色が囁かれた。ハッとアレンが振り返った頃には私たちはキスをしていた。…ティキ。どうしよう、私…咎堕ちするのかな?今だけの快楽に溺れるかのように私は唇をティキ・ミックに押し付けた。でも後ろからの攻撃に私たちは一旦離れなければならなかった。


「赦して下さい…。貴女がそっちを選んだら殺せと言われてたんです」
「…コムイに?そんなわけないっか、ルベリエだよね」
「………」


私は図星で黙り込んだアレンを見てやはり彼は神の使徒なのだと思った。慈悲深く、私がノア側に行ってしまうのを阻止しようとあんなに構ってくれたのか。そんな感情でぐるぐるしている私をこれ以上此処にいさせるのは気を惑わすと判断したのかティキは器用に私を片手で抱いて空いた左手で指を鳴らした。ぱちん、ロードの扉が現れた。

「少年、前にも言ったかもしんねーけど人間とアクマの故郷は結局一緒なんだぜ?戻りたくなるに決まってるだろ。遺伝子に刻まれたキオクは中々消せるものじゃあないんだぜ…」
「っ、ティキ・ミック!!」


アレンが吠えたがそれに応えずそのまま扉を開けて中に消えた。まるで水の中、優しい闇に包まれて私はそっとイノセンスを手放した。それはソーダの泡のように頭上でパチリと消えた。