私が暗い城の一角、とある部屋のベランダにこっそり作った花壇の手入れをしていると後ろからバタバタ、ドンッ、バタバタバタと騒がしくなった。……まさか。この、感じは…間違いない。バンッとベランダへの扉が開かれ何か黒いものが突進してきた。


「ぐひょっ!」
「…………何故、余が呼んだのにすぐ来ない」


漆黒を私に擦り付けて我が儘をこねるハーデス様。パンドラと一緒にアローンをお迎えにあがった私はなぜかアローンにも、ハーデス様にも懐かれたのだ。よしよしと頭を撫でているとさっきハーデス様が現れた扉からひょっこりとパンドラが顔を出した。


「メリリム様…申し訳ありません。ハーデス様がメリリム様のお姿が見えないと騒ぎ出して…」
「そう、なんだ…。ってパンドラ、私のことは美々でいいから」
「とんでもない!私なんて…」


謙遜するパンドラの顔はへにゃりと、いつもの厳格さなんてみられないくらい嬉しそうに顔を緩ませていた。…そうだ、この子もハーデス様と同じで私に懐いているのだった。パンドラは覚醒始めていた私を見付けてくれた。その時のことを思い出すたびに、頬が緩むと呟いている。その事を思い出して手が止まると私の胸に顔を押し付けていたハーデス様が不満げに顔を上げた。


「手を、止めるな」
「…冥界の王がこんなんでどうするんですか。パンドラも引き締めて」
「は、はいっ」


そう言ってからパンドラはハッと思い出したように冥王軍の統率についてヒュプノスに呼ばれていたのだと顔を真っ青にして私たちを置いて地下に向かい走り去っていった。


「美々、パンドラも居ないからいいだろう?」
「…もう」


少し赤らんだ顔を隠すように後ろを向くとくすりと笑いながらそのまま抱きしめるハーデス様。頬を寄せてくる。冷たい、唇の端にキスしてくる彼に思わず応えてしまう。目を開いてびっくりする彼に私は思わずきょどってしまった。


「だめ、でしたか?」
「いや……珍しいな、余に甘えるメリリムなんて」
「たまにはいーの」


振り返って正面から抱きしめる。少しだけ血と絵の具の匂いが漆黒の法衣からした。黒い髪が私の頬を擽る。キスの途中でそっと目を開けると長い睫毛がハーデス様の目を縁取っていた。……貴方の全てがまるで芸術品のよう。うっとりとしながらまた目を閉じる。


「……僕はね、君だけが居れば世界がどうなろうといいんだ。」
「それでいいの?テンマやアテナは――」


僕、といったアローンの意思…私は私たちの敵である彼の妹や親友を思い浮かべた。頬に触れたまま、少し困ったようにアローンは笑ったが急に態度を変えた。


「もういいのだ。余たちに関係ない」
「ハーデス、様……」


目の前の菫が少し萎れて見えた。彼の気にあてられたからだろう。私は枯れた菫に手を翳した。少しだけ力をいれると花は真っ黒になって宙を舞った。


「もう、壊してしまいましょう」


微笑んだ私たちの影が1つになった。









メリリム…「天空の支配者」 空の軍勢の君主という称号をルシファーと分かち合う。「地と海を苦しめる」黙示録の天使。