血溜まりから顔をあげた。あたりは鉄と焦げる臭いが充満していた。冷たい身体もこの熱から逃げたいと訴えている。でも。またもう1回と下を見た。徹ちゃんと、美々。


「………どうして」


あいつは徹ちゃんと逝ったのだろうか。彼女の頬についた誰のか分からない血を拭き取ってやるとまだ生きているかのように見えた。穏やかで、綺麗で。人狼なら、昼にも起きれる、なら意識のあるまま殺されたのだろうか。そんな痛い死に方をしてまで徹ちゃんと一緒にいることを選んだのだろうか。疑問が堂々巡りする中、自分が最期にする仕事の為に骸に背を向けた。少し離れた所から尾崎の医者が名前を呼んだ。――頼む、こいつらだけは…。言葉には出さなかったが、きっと理解してくれるだろう。


「―…夏野!」


燃え盛る業火のように山火事は広がる。俺のこの不完全燃焼のような胸の内も、灰になればいいのに。幻聴を頭から叩きだして前へ踏み出した。俺は立ち止まれない。起き上がりの殲滅を美々と約束したからだ。涙を流して自分の身体を憎んだあいつ。俺は抱きしめてやることしかできなかった。それでも考えていたのは他の男の事だったのか…。そう思うとなんだか滑稽だった。俺はあいつのために頑張ろうと思っていたから。今の俺は、孤独だ。仲間は隣町に、背中を押してくれるやつはもういない。涙なんかは出ない、でもこの胸の不愉快感は消えるどころか増してきた。煙たいが、苦しいことはなかった。本来の人間なら、こんな所にいたら意識を失うのだろう。


「…夏野、私はこれ程自分の境遇を怨んだことはないよ。でもね、私たちみたいな存在をこれ以上増やしちゃいけない…それだけは分かるよ?だから、今の私はそれが存在理由なの」

山のてっぺんで落ちる夕日を見ながら美々はそう言った。あの頃から美々は壊れていたのだろう。かろうじて、徹ちゃんに会いたいという気持ちで自分と理性を抑えていたのだろう。それに気付けなかったのは俺の落ち度で、後悔である。オレンジと赤、煙の白の中にようやく捜していた後ろ姿を認めた。あっちが俺に気付いたのか振り向いてきた。


「…」
「…」


俺は、一体何のために戦おうとしてるんだろう。ポケットに入っている堅いそれを確かめて、最期は痛いのだろうかと思った。足が震える。でも、俺は、結城夏野は、逃げてはいけない。走り出した俺には迷いはなかった。