7


青い空、白い雲。その間を絵が縫うように広がっている。その景色を背景に私は目の前の盤を見つめた。タナトスとヒュプノスが駒を操る。

「…どうしたのだガブリエル、やけに口数が少ないではないか」
「…そうですか?」
「元気もないようだ。何に憂いているのだ?」

タナトスとヒュプノスの言葉に今まで言い出せなかった事を言わなければ、と口を開いた。だが自分の中の何かが警鐘を鳴らしている。彼らを敵に回してはいけない、と。ガブリエルも慌てたようにガンガンと頭痛を与えてきている。…天使には小宇宙で奥底に押し込み退場してもらう、そして前を見据えた。

「私は、もうここには居られません」
「何を言いだすかと思えば…」
「お前は我等の傍にいる、そう約束したではないか」
「それば私゙とした約束ではありません」

シンと離宮が静まり返った。カツン、タナトスがビショップを荒々しく移動させた。小宇宙もだだ漏れ、鳥肌がたった。

「本来なら四大天使のままなのを熾天使に格上げしてやったのに…裏切るのかガブリエル!」
「私はガブリエルじゃない!エレナだ!私は、もう迷わない…っ!」

聖衣を纏い小宇宙を高めると激昂したタナトスも己の神衣を装着した。戦いの結末は目に見えている、けれども負けられなかった。

「ジャッジメント!」
「テリブルプロビデンス!」

衝撃波がエレナの体を大理石の柱へとたたき付けた。空気が肺から強制的に出てきた。ゴホッと咳をすると血も一緒に出てきた。

「諦めろ、お前は神である我等に敵うはずない」
「それ、でも…っ、わたし、は…立ち向かう…!」
「………そうか、もう見ていられない」

ヒュプノスが右手をエレナの方に向ける。頭をヒュプノスの小宇宙が通り抜け強制的な睡魔が襲ってきた。

「な、にを…!?」
「少し眠れ。考えを改める時間をやろう…」

苦々しい、と舌打ちをしたがエレナの瞳は意識に反し閉ざされた。後に残ったのは悲しげな表情で倒れた天使を見つめる双子神だった。



***


「まあ見て下さいなウリエル。大天使であるのに堕天使共と同じ、死の女が来ましたわ」
「あーら嫌だわ!あれが神の左手に座してるなんて…堪ったものではないわね」
「第一、大天使なんて下級じゃない。私たち智天使、座天使に敵う力も持たない女よ」

きゃははっ、と天使らしからぬ下品な笑いがエリシオンの上空でされていた。傍を通った金の髪と白の羽根を持つ天使は唇を噛み締めギュッと握りこぶしを堅く握りその場を早足で去った。…悔しい、だが自分が死に近いのは変えられない事実。手にしていた自分が育てていた百合が哀しみの小宇宙で萎れてしまった。

「あ…」

風が吹き下のエリシオンに落ちる。まずい、神々のいらっしゃる所に物を落とすなんて…!慌てて羽を広げ落下する百合を追いかけた。耳元をびゅううと風が刺さるがそれどころではない。結局百合は花が咲き乱れる地面へと落ちた。慌てて着陸し屈んで百合を拾う。また飛ぼうと羽を広げる前に後ろから声をかけられた。

「珍しいな、天使がエリシオンに降り立つのは」
「!!?も、申し訳ありませんっ!」
「いや、別に咎めるつもりはない。お前の名は?」
「…ガブリエル、大天使のガブリエルと申します」

それがヒュプノスとの出会いだった。双子であるタナトスを紹介され、気に入られ熾天使様に私を世話役にしたいと申し出られ、エリシオンで過ごすことを許された。そこでは双子神と演奏をしたり、夢の四神の世話をしたり、アテナと知り合ったり…。楽しかった。でも私の心にはまだ、あの上司の天使の言葉が突き刺さる。…なら、そんなことを言われないよう力のある天使に、地位になりたい…!そんな事を双子神に相談すると2人はニヤリと笑った。

「ならお前を熾天使にしてやろう」
「だが条件がある」
「我等にだけ使えよ」
「アテナとは関わるな」
「「それさえ守れば力と地位をやろう、ガブリエルよ」」

アテナは優しく、姉のようだった。だが双子神との折り合いは悪く、一緒にいるときはいつも睨まれた。どうやら彼らの仕えている冥王ハーデス様の宿敵らしい。

「どうするのだガブリエルよ」
「ですが…」
「だがこのままだとお前は他の天使からずっと疎まれたままなのだぞ?」
「お前は俺と同じ死をも司る、強大な力を持っているのだ。本来ならそのくらいの地位にいて当然なのだ」

ガブリエルは迷った。だが、これから気の遠くなる時間をこのまま惨めに過ごすのは嫌だった。差し出された手を力強く握り締めた。



*―*―*―*




「これが、ガブリエルの真実…」
「ほんと、愚かなことよな」

振り返ると今までの威厳さを微塵も感じさせず、膝を抱えて座り込むガブリエルがいた。

「…貴女なら、終わらせられるのかも。この長い、戦いを」

そうガブリエルは言って儚い笑みを浮かべた。手を伸ばそうとしたが、そんな精神体エレナの身体を外から急に引っ張ってきた。意識が無理矢理浮上し現実世界へと舞い戻る。目を開けるとやはりそこは双子神の離宮で、でも先程よりも破壊が激しくなっていた。ピリピリと小宇宙が肌に突き刺さる。

「…よォ、天使さんよ」
「あ、なたは…マニゴルド?」
金を纏ったマニゴルドが傷だらけになりながらもニヒルに笑いながらエレナに向かいよっと片手を上げた。



革命へと進む


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