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「…え?私の聖衣はモルフィアにあるんですか?」
「ああ、あそこが1番深くて安全だからな」
「なるほど…ありがとう、私が死んだ時に約束守ってくださって」

複雑そうに笑うモルフェウスに気付かないふりをして私は意識を下に集中させた。………あった。

「―――いらっしゃい、私の聖衣」

すぐに何かがやってくる感じがした。光が一瞬辺りを白くし、それが消えた時には目の前に自分がガブリエルだった頃に装着していた金色に輝く聖衣があった。天使をモチーフにした聖衣は触れると喜んでいるのか共鳴したような澄んだ音を響かせた。

「久しぶり、私の聖衣」

装着すると違和感なく身体へとフィットした。羽のように、軽い。ふわりと浮いてみる、懐かしい気持ちに襲われた。

「ガブリエルの聖衣って綺麗ね」
「ありがとうございます」
「ほら、ヒュプノス様がハーデス城にてお待ちだ。早く行った方がいい」
「分かりました。それではまた後で」

オネイロスが開いてくれた門をくぐり抜けるとハーデス軍の根城である城の中へと出た。冷たい石畳、薄くらい明かり。小宇宙を辿ると上の方に神の、――冥王ハーデス様の小宇宙、そして近くにも2神、ヒュプノス様とタナトス様の小宇宙とパンドラの小宇宙を感じた。そちらに急ぐと宿主の身体を使うヒュプノス様がパンドラと対峙していた。

―今回だけはその失態、許してやろう―
「我々はな。だがハーデス様はどうだろう」
「ハーデス様は……」

―パンドラよ…!―

私のことに双子神は気付いたがパンドラにとってはそれどころではなかった。

「ほら、ハーデス様がお呼びだ」

―この度の勝手な行動を説明せよ!パンドラ!―

「黙ってお叱りを受けるの?それとも申し開きでもするのかしら…」
「!き、きさまは…っ!」

エレナは楽しそうに笑いながら顔を真っ青にしたパンドラを観察した。そのまま笑みを浮かべながらヒュプノスの隣に寄り添った。

「どちらにしろあのお方はお前の真心など知ることもなくお前を罰するぞ。そしてお心はますますお前から離れるだろう」
―以前お前に話したな。お前の手に余るのならば我々が特別なアトリエを用意すると…。何ものにも心を奪われない静寂のみの空間…お前がそこへ案内し鍵をかけるのだ…―

心を奪われない、という一言で揺れるパンドラだがやはり弟であり主であるハーデス様を閉じ込められるわけない、裏切れない、できないと呟いた。

「このままではハーデス様はまたパンドラの庇護を離れて天馬星座のところに行くでしょうね」
「な…っ!そんなことは……!」
「これは裏切りなんかじゃないわパンドラ」

急に猫撫で声で優しく語りかけるエレナにビクッとパンドラの肩が震えた。

「貴女には愛がある。ただハーデス様を正しい在り方へお導きするだけよ…パンドラの元にね」
「力を貸すぞパンドラ」
「!」
「全てはハーデス様のために」

ニヤリと笑ってヒュプノスはパンドラの髪に花を挿した。そこにはヒュプノスの管理するとある空間へと続く鍵であることが、彼から空間を貰っているエレナだからこそ分かった。

「不安なら私も着いてってあげるわ。調度ハーデス様にご挨拶しなくちゃだし」
「ガブリエル!」
「すぐに戻ります」
―我等の離宮にくるのだぞ、すぐに―

保護しすぎだろう。とエレナは溜め息をついた。求められるのは嬉しいが窮屈、としか思えなかった。



***


「遅かったなパンドラ、…ん?お前は…」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんハーデス様。私はガブリエルの記憶を持つエレナと申します」
「あぁ、お前がヒュプノスたちが言っていた天使か。我が城でゆるりとしていけ」

それに頭を下げる、ハーデスは呆気ないほど早くエレナに興味がなくなったのか、パンドラへと再び怒りの表情を向けた。跪ずいたままパンドラを窺うと表情を曇らせ震えていた。

「余の影にバイオレートを潜ませ監視し、あまつさえ冥闘士を無断で動かし天馬星座暗殺を企てるとは…お前のその勝手な振る舞い目に余る!しばらくは余の目に入らぬところで謹慎するがいい!!」

怒りの小宇宙がピリピリと肌を伝わる。震えを抑えながらパンドラは一つだけお聞かせ下さい、と声を出した。

「貴方様がなぜ未だに天馬星座に執着なさるのか」
「……余はすでにあの者に執着などしておらん。今はただ余自身の計画のためにロストキャンバスを仕上げるのみ」

その言葉に安心し表情を柔らかくしたパンドラの目に忌ま忌ましい絵が写った。アテナと天馬星座、そしてアローン。

「………ハーデス様…、…中央の絵は……?」
「ロストキャンバスの仕上げに組み込む一枚、余にとっての救済の絵だ」
「………。…理解しました………貴方様は器となった少年の記憶に毒されている……おぞましい人の心に…!」

ヒュプノスから貰った花を媒介にしパンドラは主を空間の歪みのアトリエへと誘った。パンドラの頬を一筋の涙が伝う。

「泣くくらいなら、魂が清められるまで我慢なさい」
「っく、…いや、これでいいのだ」
「ふーん。じゃ、私はハーデス様とお話があるから」

え、とパンドラが言う前にエレナは新たに開いた空間の歪みに足を踏み出していた。一瞬にして消える女の姿。

「…なんなのだあの矛盾した女は。それに…」

一回あいつに異空間に引きずられてからまた元の空間に戻った時、時間にズレがあったこと。ハーデス様たちからしたらほんの数秒だったがパンドラたちはあそこで10分以上はいた。些細なことかもしれない、だがこれは聖戦、十分すぎるほど慎重に動かないと負けになるのは目に見えていた。パンドラはハーデスやエレナの事で頭がクラクラしながらも進むためにラダマンティスとアイアコスを呼べと叫んだ。



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